前回にも少し言及したアントノフAn-124は旧ソ連で開発された機体だが、冷戦崩壊後には欧米諸国でもチャーターして利用するようになり、自衛隊がPKO部隊を派遣する際の機材輸送に使ったことすらある。同機が初めて小牧基地に飛来した時は、「ロシアの関係者が航空自衛隊の基地を歩く日が来るとは」と驚きの眼で見られたものであった。

特大貨物輸送専用の輸送機

車両やその他の機材を一気に運ぶには、C-5やAn-124ぐらい大きな機体があると便利だ。といっても、大きな輸送機は相応に高価だから、保有できる国は限られる。たいていの国はもっと小さな輸送機で我慢して、大型輸送機が必要になった時は仕方ないので借りてくるか、輸送支援を受ける。

C-5やAn-124のような大型輸送機があれば、飛行機で運ぶ需要がある、大抵の貨物は空輸できる。もう一回り小型のC-17でも戦車の空輸ぐらいはできるし、実際、イラク戦争の際にはイラク北部の飛行場に戦車を空輸したことがある。ただし、M1戦車は60トンぐらいあるから、いくらC-17でも1機で1両しか積めないが。

ところが、時として通常の貨物輸送機では運べないような超特大貨物を輸送しなければならない場合がある。その一例がロケットや飛行機である。アメリカでは、アポロ宇宙船打ち上げ用のサターン・ロケットを工場で製作した後で、どうやって射点まで運ぶかが問題になった。

飛行機で飛行機を運ぶことなんてあるのか、と思われそうだが、これもよくある。アメリカの大統領が外国を訪問する際は、移動に使用する専用車やヘリコプターを空軍のC-17で運んでくるし、米軍が海外で使用するヘリコプターも同様だ。

もっとも、ヘリコプターぐらいならC-17やC-5があれば運べるが、大型輸送機の機体構造材となるとさすがに無理である。そこで、この手の特大貨物専用の輸送機が造られることになった。ただし、ゼロから新規に開発していたら時間も費用もかかって大変だから、既存の輸送機を改造して、胴体だけ大断面のモノに造り替える。

グッピーとドリームリフター

その手の機体の嚆矢として知られているのが、C-97ストラトフレイターを改造して造られたプレグナント・グッピーで、前述したサターン・ロケットの空輸に使われた。

参考 :プレグナントグッピー(Wikipedia)

プレグナント・グッピーをさらに大型化するとともに、エンジンをレシプロからターボプロップに変更してパワーアップしたのが、スーパーグッピーだ。エアバス・インダストリー(現エアバス)が発足した際に、ヨーロッパ各国で機体を分担生産することになったため、各国で製作した機体構造材を輸送するにはどうするか、ということで導入したのがこれだ。

参考 :スーパーグッピー(Wikipedia)

エアバスはその後、A300-600Rをベースにした特大貨物輸送機、A300-600ST(Super Transporter)「ベルーガ」を5機、製作した。スーパーグッピーが老朽化した上に性能不足、しかも製作する機体が大型化したせいでキャパ不足になってしまったため、もっと大型で信頼できる輸送機が必要になったのだ。そのベルーガも登場からかなりの時間が経ち、すでに、A330をベースにした新型ベルーガの計画が立ち上がっている。

参考 : エアバス ベルーガ(Wikipedia)

ただ、エアバスの機体はヨーロッパしか飛ばないから、日本で姿を見る機会は(普通は)ない。数少ない例外が、ドラクロワの「自由の女神」の画を「ベルーガ」で日本に空輸してきたときだが、これももう、ずいぶん前の話である。

そこで、もっと身近な機体を挙げると、中部国際空港に出入りしているボーイング747LCFドリームリフターということになる。この機体は、日本のメーカーが製作したボーイング787の胴体と主翼をアメリカの組立工場まで空輸するために造られた。当然ながら、787の太い胴体や長大な主翼(の片方ずつ)が納まるサイズの貨物室を必要とする。

747LCFドリームリフターのサイドビュー。もともと太い747の胴体をさらに拡張したので、こんな風体になった

ベースになった747は直径が約6mの胴体を持っているが、787の胴体をまるごと中に入れて運ぶとなると、それでも足りない。そこで、コックピットの後ろから垂直尾翼の前の部分で胴体の上半分(実際にはもっと広い範囲)を切り取り、新たに大直径の胴体を継ぎ足した。

ドリームリフターの機首クローズアップ。途中から胴体を切り取って拡大した様子が見て取れる。胴体断面が拡大する境界部分の、整形や補強にも注目

ただ、収容するスペースだけあっても、積み下ろしができなければ意味がない。だから、垂直尾翼の前を境にして、左ヒンジで尾部を横にまるごと曲げて開けられるようにした。この辺は、機首をガバッと左に開けてしまうスーパーグッピーと違うところ。

ドリームリフターの尾部側面。開口部となる継目部分の上下にヒンジを覆う張り出しが付いている様子が、明瞭にわかる

この「機首をガバッと左に開ける」構造のせいで、スーパーグッピーは面倒な課題を抱えていた。機首を左に開けると、そこに付いているコックピットと、開口部より後ろの胴体の接続が絶たれてしまう。だから、操縦翼面を動かすための索や各種の電気配線をどうするかで、設計者はだいぶ苦労したはずだ。

ドリームリフターは後ろから積み下ろしを行うが、今度は垂直尾翼と水平尾翼の動翼を作動させる系統をどうするかという課題があったはずだ。ちなみに、ベルーガはドリームリフターと異なり、コックピットの位置を下げて、その上部に巨大なバイザーを設けて機首から貨物を出し入れしているから、操縦系をどうするかという悩みはあまりなさそう。

見た目の割に重たくない

グッピー・シリーズにしても、ドリームリフターにしても、あるいはベルーガにしても、見た目が大きいから、やたらと重たくなったように見える。

しかし、大きな胴体の中はがらんどうだから、見た目ほどには重くない。それに、積荷もかさばる割に重たくない。実は、これは航空機で運ぶ貨物全般にいえる傾向ではあるが。

もちろん、巨大化した胴体はちゃんと円筒形断面になっているので、強度上の隘路は最小限に抑えられている。ただ、直径が異なる2つの円筒をつないだ断面になっているから、そのつなぎ目の部分に応力が集中する傾向はありそうだ。

あと、胴体の断面積と表面積は間違いなく増えているから、空気抵抗はベースモデルより大きい。これは致し方ない。