【コラム】

中東とエネルギー

7 湾岸戦争後の「クウェート」は今、どうなっている?

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連載『中東とエネルギー』では、日本エネルギー経済研究所 中東研究センターの研究員の方々が、日本がエネルギーの多くを依存している中東イスラム地域について、読者の方々にぜひ知っていただきたい同地域の基礎知識について解説します。


湾岸危機と湾岸戦争

1990年8月2日、イラクが隣国、クウェートを侵略した。これが世にいう湾岸危機だ。翌年、米軍中心の多国籍軍がイラクを攻撃、クウェートから駆逐する。こちらがいわゆる湾岸戦争である。いずれも、冷戦終結後の最初の大規模な国際紛争であり、クウェートとイラクだけでなく、中東、さらには世界の多くの国々を巻き込んだ歴史的事件であった。

クウェートとは

クウェートがほぼ今のかたちになったのは18世紀後半である。アラビア半島中部から移住したアラブ人を中心に共同体ができ、その政治的指導者に現在の首長家サバーフ家が選ばれた。このことはクウェートを他のアラブ・湾岸諸国から際立たせる大きな特徴となっている。サバーフ家は、軍事力でクウェートを制圧したのではなく、住民によって統治者として指名されたのである。

現在のクウェート(出典 : 外務省ホームページ)

クウェートは小さな漁村にすぎなかったが、英国のインド経営の本格化とともに、英国の保護下に入り、その軍事力に守られながら、周辺の大国、オスマン帝国(崩壊後はイラク)、サウジアラビア、イランからの独立を堅持していく。そして、1938年に石油が発見されると、そこからあがる収入を背景に世界でも有数の金持ち国へと変貌していった。クウェートは約1000億バレルの石油埋蔵量を誇っている。

独立後

クウェートは独立直後、憲法を制定、国会に相当する国民議会を設置した。中東諸国は今でも独裁体制ばかりである。行政府に強大な権力が集中し、立法府は多くの場合、お飾りにすぎなかった。

建国の経緯からクウェートは中東ではめずらしく強力な議会をもち、サバーフ家の支配する政府と商人層を中心とする議会がさまざまな局面で対峙するのが一般的であった。言論の自由が比較的担保されているのもこの国の大きな特徴であり、こうした自由で民主的な気風はその政治的DNAに今も受けつがれている。

クウェート社会

四国ほどの大きさしかないクウェートの総人口は約327万人(2012年)、そのうち自国民は約3分の1の113万人にすぎない。人口の3分の2は石油の富に引き寄せられた外国人労働者である。また、「ビドゥーン」と呼ばれる無国籍者が10万人程度存在しており、クウェートの人権問題として批判の対象になっている。

国民の大半はイスラーム教徒で、その7割をスンナ派、3割をシーア派が占める。両派のあいだには根深い不信感があり、とくにイランのイスラーム革命以降、その対立が激化、シーア派によるテロが頻発した。しかし、湾岸危機後は、こうした宗派対立は沈静化していた。

一方、経済面では莫大な石油収入を背景に、国民の多くは公務員や国営企業職員として高給を得、面倒な仕事は低賃金の外国人労働者に行わせる典型的な石油依存型経済を構築していった。だが、政府は石油後や低油価時代を見すえ、脱石油を目指している。

戦後クウェート

湾岸戦争でイラクが駆逐されると、国民議会選挙が行われ、民主主義も復活した。しかし、それとともに政府と議会の対立も再燃、両府の衝突で政府主導の巨大プロジェクトがことごとく議会の反対にあい、頓挫・遅延する事態に陥った。2006年以降だけでも6回も国政選挙が行われ、現行議会を除けば、解散や裁判所の違憲判決などですべて任期をまっとうできずにいる。

あいつぐ選挙に疲れたのか、最近は、少しはおとなしくなったが、議会外に弾き飛ばされた反政府勢力も含めると、政府とそれに対抗する勢力間の溝はいぜん深いものがある。

他方、米国を狙った小規模なテロはあったが、国内が混乱するほどではなかった。しかし、豊かであるはずのクウェート人が多数、アフガニスタン、イラクやシリアで過激組織に参加しており、懸念が高まっている。2015年6月にはテロ組織イスラーム国によるシーア派モスクへの自爆攻撃があり、多数の死傷者が出てしまった。

クウェートと日本

クウェートにおける日本の石油利権(アラビア石油)は長く「日の丸原油」の象徴であったが、残念ながら2003年に利権協定が失効してしまった。

一方、湾岸戦争で日本は135億ドルも拠出したのに、クウェート解放後に米紙に掲載された感謝表明から日本の国名が漏れた。だから金だけではダメ、人的貢献が必要だという議論があり、そこから自衛隊海外派遣が検討されてきた。だが、この議論は乱暴すぎる。そもそも日本の拠出金はほとんどクウェートにはいかなかったし、軍を派遣したのに感謝表明から名前が漏れてしまった国も複数あったのである。にもかかわらず、実際にはクウェートは日本に十分感謝していた。筆者は戦争直後のクウェートに滞在し、何度も政府高官と折衝する機会があったのだが、そのたびに彼らが、こちらが恐縮するほど、日本の「財政貢献」に感謝してくれたのを思い出す。

また、東日本大震災でクウェートは日本に対し400億円以上の支援を提供してくれた。NHK朝の連ドラ「あまちゃん」でも話題になった三陸鉄道の車両の一部にクウェートの国章とクウェートへの謝辞が記されているのをご存知のかたも多いだろう。

<著者プロフィール>

保坂 修司(ほさか しゅうじ)

日本エネルギー経済研究所中東研究センター副センター長兼研究理事。ペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論が専門。在クウェート・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学国際人文科学研究所教授等を経て現職。昨今は中東情勢等の解説のため、テレビメディアにも多数出演。最近の著書に「「イスラーム国」とアルカーイダ」吉岡明子・山尾大編『「イスラーム国」の脅威とイラク』(岩波書店(2014))、『サイバー・イスラーム』(山川出版社(2014))、『イラク戦争と激動の中東世界』(山川出版社(2012年))、『サウジアラビア』(岩波書店(2005))等がある。

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インデックス

連載目次
第12回 「カタール」って日本にとってどんな存在?
第11回 石油の出ない『ドバイ』がお金持ちなワケは?
第10回 「クルド人」ってどんな民族?
第9回 「イラン革命」って何だったの?
第8回 「湾岸協力会議(GCC)」って何のための組織?
第7回 湾岸戦争後の「クウェート」は今、どうなっている?
第6回 「OPEC」と欧米の石油メジャーの関係はどうなっている?
第5回 「ホルムズ海峡」ってどんなところ?
第4回 "産油国"でない「エジプト」が中東で重要視される理由とは?
第3回 石油ショックをもたらした「OPEC」の今の影響力は?
第2回 サウジアラビアはなぜ"中東の盟主"なのか?
第1回 日本にとっての「中東」の重要性とは?

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