連載『中東とエネルギー』では、日本エネルギー経済研究所 中東研究センターの研究員の方々が、日本がエネルギーの多くを依存している中東イスラム地域について、読者の方々にぜひ知っていただきたい同地域の基礎知識について解説します。


サウジアラビアは本当に中東の盟主なのか?

「サウジアラビアはなぜ中東の盟主なのか」という表題だが、そもそもサウジアラビアは本当に中東の盟主なのだろうか。たしかにGDPでみれば、中東最大だが、それにつづくトルコやイランとそれほど差があるわけではないし、人口でみれば、エジプト、トルコ、イランにはるかにおよばない。しかも、これら3国が長い歴史と豊かな文化を誇っているのと比較すると、新興国サウジアラビアはどうしても見劣りしてしまう。

一方、サウジアラビアはイスラームの二大聖地、マッカ(メッカ)とマディーナ(メディナ)を擁する。よく知られているように、イスラームではマッカへの巡礼は義務である。それゆえ、サウジアラビアはすべてのイスラーム教徒にとってきわめて重要な意味をもつことになる。

事実、サウジアラビアのファハド元国王は1986年からマッカのハラーム・モスクとマディーナの預言者モスクを管理する「二聖モスクの守護者」という称号を用いはじめた。この称号、もともとアイユーブ朝のサラーフッディーン(サラディン)が使いはじめたもので、とくにオスマン朝末期にはカリフの尊称とみなされていた。この称号をファハド国王が復活させたのには当然、自分たちこそがイスラーム世界の盟主であるとの自負を読みとれるはずだ。

今日のサウジアラビアでも、宗教改革の精神をDNAの奥深くに刻む

サウジアラビアは元をたどれば、18世紀なかばアラビア半島にできたサウード王国を起源とする。この王国は、イスラーム法学者ムハンマド・ビン・アブドゥルワッハーブの唱えたイスラーム純化運動を国是として採用、当時信じられていたイスラームを不純なものとして排斥、代わりに正しいイスラームを広めることを大義に領域を拡大していった。これがいわゆるワッハーブ派である。サウード王国は二度にわたって瓦解したが、今日のサウジアラビアでも、その宗教改革の精神はDNAの奥深くに刻まれている。

ワッハーブ派は俗称で、公式にはそうした宗派や法学派は存在しない。スンナ派公認法学派ハンバリー派が基本になっているが、それ以外のスンナ派法学派も用いられている。同派はもともとシーア派やスーフィズムと呼ばれるイスラーム神秘主義を敵視する傾向があり、そのため、今日でもスンナ派のサウジアラビアとシーア派のイランとの対立を宗派対立で説明することが少なくない。しかし、この考えかたは誤解を招きやすい。ガチガチのイスラーム法学者はともかく、王族を含む政治家たちの多くは現実的であり、サウード家統治体制護持のためであれば、イランと手を結んだり、シーア派を保護したりすることも可能なのである。

サウジアラビアの影響力を経済的に裏打ちするのは莫大な石油埋蔵量と生産能力

サウジアラビアの影響力を経済的に裏打ちするのは2658億バレルとされる莫大な石油埋蔵量であり、日量1000万バレルを超える石油生産能力である。世界主要国の一次エネルギー消費構成をみると、約3割が石油によって賄われている(日本は4割以上)。当然、石油輸出国機構(OPEC)加盟国随一のスイングプロデューサー(価格を上下させる調整役)、サウジアラビアが国際社会に与えるインパクトにははかりしれないものがある。この分野での優位は当面揺るがないものの、油価の低迷や石油の国内消費の急増など不安定要素も顕在化してきている。

政治・安全保障の枠組でいえば、アラブ連盟や湾岸協力会議(GCC)等域内組織における地位も無視できない。かつてアラブ連盟の盟主といえば、エジプトであったり、シリアであったり、イラクであったりであった。アラブ民族主義と重なる社会主義に危機感をもっていたサウジアラビアはむしろ一歩引いたところにいた。それゆえ、サウジアラビアはより積極的にイスラームを強調するようになったともいえる。しかし、アラブ民族主義の退潮と石油収入の拡大とともに、サウジアラビアや他のGCC諸国の力も強まり、今や多くのアラブ諸国がGCCの経済支援に依存している状態である。

GCCの設立は、1979年のイランのイスラーム革命がきっかけであり、シーア派革命から湾岸諸国を守る集団安全保障の意味合いが強かった。GCC加盟6か国はすべて王制の産油国、アラブ・イスラーム国という文化的・歴史的共通点があり、そのなかでサウジアラビアは面積・人口、経済力で突出した存在であった。GCC諸国の内部はけっして一枚岩ではないが、湾岸危機・湾岸戦争からアラブの春、シリア内戦、イエメンのフーシー派といった域内の危機においてはある程度結束して軍事行動をとっている。

サウジアラビアの影響が大きな分野はアラビア語メディア

もうひとつ、サウジアラビアの影響が大きな分野はアラビア語メディアである。ドバイを本拠地とする衛星放送のMBCは、ニュース・チャンネルのアラビーヤを含め、中東で一番人気の高い放送局である。紙媒体でいうと、アラブ諸国でもっとも読まれているアラビア語日刊紙、シャルクルアウサトとハヤートがともにサウジの王族資本であることも忘れてはならない。こうしたメディアを通じても、サウジアラビアは中東やイスラーム世界に影響力を行使することができるのだ。

<著者プロフィール>

保坂 修司(ほさか しゅうじ)

日本エネルギー経済研究所中東研究センター副センター長兼研究理事。ペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論が専門。在クウェート・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学国際人文科学研究所教授等を経て現職。昨今は中東情勢等の解説のため、テレビメディアにも多数出演。最近の著書に「「イスラーム国」とアルカーイダ」吉岡明子・山尾大編『「イスラーム国」の脅威とイラク』(岩波書店(2014))、『サイバー・イスラーム』(山川出版社(2014))、『イラク戦争と激動の中東世界』(山川出版社(2012年))、『サウジアラビア』(岩波書店(2005))等がある。