前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

「娘さんをください」である。今までテレビなどでは何度も目にしたことのある、男にとって一世一代の大勝負。尚且つ結婚に至るまでの最大の通過儀礼だ。

子供の頃はドリフのコントというイメージだった。いかりや長介扮する厳格な父親を前に、志村けんが大ボケを連発する。そんな「娘さんをくださいコント」に僕は腹を抱えて笑いながらも、その一方でいつも遠い未来を想像していた。いつか大人になったとき、僕も実際にこれをやることになるんだろうなあ。よーし、そのときは志村みたいにボケまくってやるぞっ。少年とはそういう能天気な生き物である。

しかし、それがいざ現実として迫ってくると、とてもじゃないけどボケようなんて思えなくなる。(当然です)どうか先方に失礼のないよう、嫌われないよう、そして何よりもチーとの結婚を許してもらえるよう、僕は頭の中に入念なシナリオを描いていく。天命はさておき、今の自分にできる最高の人事は尽くさねばならないだろう。

チーの父親は早世しているため、僕が「娘さんをください」と頭を下げにいくべき相手は、現在は栃木県で独り暮らしをしているチーのお母様だ。実はまだお会いしたことがなく、すなわち初体面がいきなりビッグイベントになるということだ。

かくして、ある休日に僕とチーは栃木県のお母様の元を訪ねることになった。

チーには事前にお母様に連絡してもらい、「彼氏がお母さんに大事な話があるらしいから、時間を作って」とだけ伝えてもらった。年頃の娘を持つ普通の母親なら、これで大体用件の察しはつくだろう。後は僕が誠意を見せるだけだ。

このとき、まず困ったのが服装だ。僕は当然スーツにネクタイというフォーマルな服装で、さらに手土産を持って伺うつもりだったが、あるときチーから「お母さんは気さくな人だよ」という情報を聞いたので、少し躊躇した。

しかもチーにはすでに結婚している姉がおり、なんでもその姉夫婦の結婚のときは非常にフランクな感じだったとか。姉夫婦は若い頃からの長い付き合いの末、結婚に至ったということもあってか、その旦那様は結婚前からお母様と大の仲良しだったという。よって、結婚の挨拶もカジュアルな服装だったらしいのだ。

果たして、僕は迷いに迷った。もしかしたら、お母様はあらたまったスーツ姿で訪ねられることを堅苦しいと嫌うタイプの御婦人かもしれない。実際、お母様は姉夫婦の旦那様のことを非常に気に入っているらしく、それはつまりお母様が比較的カジュアル思考を標榜しているということなんじゃないか。

だったら、僕も気さくな感じにで攻めたほうがいいのかもしれない。いかにも仰々しく「お母様、このたびはお忙しい中、貴重なお時間を作っていただき、誠にありがとうございます。娘さんを僕のお嫁さんにください」と頭を下げるのではなく、なんとも柔和且つ朗らかな笑顔で「いやいや、お母さん、どうもどうも。僕ら結婚しようと思ってるんですよ」と気さくに切り出してみるのはどうだろう。

いや、やっぱり違う気がする。聞くところによると、姉夫婦のときは互いに25歳という若さだったわけで、お母様にしてみれば旦那様のことを「まだ若い」という目で見ていたはずだ。だからこそ、カジュアルでもかわいいと思えたのだろう。

しかし、僕のように30代も半ばに差しかからんとしている完全な大人、ともすればオッサンの場合はどうか。当然お母様の見方も変わってくる。いくら気さくな方だとはいえ、それなりに大人のマナーを求めてくるんじゃないか。

散々悩んだ挙句、僕は中間路線を選択した。つまりガチガチのスーツにネクタイではなく、比較的ベーシックなジャケットに襟付きのデザインシャツ。そして思いきってノータイにしてみた。ポイントは清潔感と爽やかさだ。

そして当日、僕とチーは栃木方面に向かう電車に乗り込んだ。

東京の景色がみるみる流れていき、次第に田園風景が顔を見せ始める。チーは出発直後に豪快に眠ってしまったが、一方の僕はまったく眠れそうになかった。

実は途中で激しい後悔が襲ってきていたのだ。

やっぱり素直にスーツにネクタイにすれば良かった――。

もう一度冷静になって考えてみると、スーツにネクタイを堅苦しいと思う人はいるかもしれないが、それを非常識、あるいは無礼だと切り捨てる人はいないだろう。つまり、なんだかんで万人に嫌われない服装、それがスーツにネクタイだ。

策士、策に溺れる――。そんな言葉が頭に浮かんだ。考えすぎはダメですね。

しかし、もう後戻りはできない。僕はこの中途半端な服装で、数時間後にはお母様と対面する。ああ、失敗したなあ。男の勝負服はやはりスーツだ。迷ったときは居酒屋のビールよろしく、とりあえずスーツ。今後はこれを肝に銘じようと思う。

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