前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

チーとの大阪旅行から東京の我が家に戻ってきたとき、僕らは確実に今までと違う雰囲気になっていた。なにしろ、ついに僕の両親に結婚の報告をしたのだ。

これによって、僕とチーの結婚はいよいよ現実味を増した。当人同士がなんとなく近い将来の結婚を誓い合っているレベルではなく、家族を巻き込んだ一大事に発展したわけであり、僕の中に得体の知れない緊張感と責任感が湧いてきた。

きっと結婚とはその男女だけの単純な契りではなく、もっと根の深い家族同士の結びつきなのだろう。今までは赤の他人同士だった二つの家族、そしてそれにまつわる幾つかの親戚筋が、僕とチーの契りによって一気に合体する。二つの家系図が交わり合う接点が新たに生まれ、そこから別の家系図ができていく。つまり、これは僕ら二人だけの問題ではないという、当たり前の事実をあらためて実感したのだ。

しかも、僕は何の因果か江戸時代の後期から現在に至るまで大阪の同じ土地で代々続いている山田家の五代目長男坊である。といっても、別にセレブ階級の由緒正しい家柄ではなく、普通の百姓家系。単純に古い家柄というだけだ。(本家ではない)

だからして、こういう家柄の長男坊がいざ結婚するとなると、当然ながらハンコひとつで簡単に事が済むというわけではない。いくら時代が変わり、結婚がよりカジュアルな感覚になってきたとしても、自分の源流である先代たちが今まで二百年近くも守り続けてきた山田家の肝みたいなものを僕の代ですべて潰すわけにはいかず、中には僕自身が次の代に残していかなくてはいけないと強く思うものもある。

一応断わっておくが、だからといって僕は別に古臭い価値観を両親から無理やり押しつけられているわけではない。実際、昔は山田家の伝統とかそういうものを意識したことがないというか、むしろそこから脱したいと反抗していた部分もあった。しかし、そんな僕も20代後半の頃に祖父が他界したことをきっかけに徐々に考えが変わっていき、30歳を過ぎたぐらいから自然に家族や先祖に傾注するようになった。

理由は簡単である。僕はじいちゃんが好きだったのだ。だから、そんなじいちゃんが死んだとき、じいちゃんが守ってきたものを自分も大切にしなければならないという使命感が湧いただけだ。こういう感覚は核家族の人にはないのかもしれない。

そして、その使命感は僕の父親になってくると、もっと強いのだろう。僕とチーが東京に帰ってきて数日が経ったとき、父親からこんな電話がかかってきたのだ。

「先方から釣書をいただいてくるように」

「はあ?」僕は思わず顔をしかめた。釣書だと――? 今どきそんなものを取り交わす結婚なんてあまり聞かないぞ。いくらなんでも古いしきたりすぎるだろう。

ご存じない方のために説明すると、釣書(つりしょ)とは縁談のときに両家で取り交わす家族のプロフィール(自己紹介文)を記載した書面のこと。他に家族書や家計図などを取り交わす場合もあるが、釣書の中にすべて含めるケースも多いという。

かつては関西を中心に西日本方面でしばしば使用されていた言葉であり、同時に縁談の際には欠かせないしきたりのひとつだった。しかし、核家族が増加した近年では家族書や家系図を持っていない家も珍しくなくなり、釣書の取り交わしなど、関西でもあまり聞かなくなった。結婚の簡略化が著しく進んだ結果だ。

最初、僕は釣書の取り交わしに否定的だった。なぜなら、チーは僕と違って典型的な核家族育ちだ。「釣書をお願いします」なんて言われたら、戸惑うのは目に見えている。それに、なんだかチーの家柄を怪しんでいるようで厭じゃないか。相手方に失礼になる可能性だってあるだろう。

しかし、父親は折れなかった。「釣書は絶対にないとあかん。相手の家に対して失礼とかそういうことやなくて、ひとつのしきたり、様式美としても必要なんや」の一点張り。大阪の還暦過ぎ世代とは、ここまで釣書にこだわるものなのか。

かくして、僕は渋々了承した。早速、チーに相談してみる。

「釣書ってなに?」当然、チーは釣書の存在すら知らなかった。

そこで僕がかくかくしかじか事情を説明すると、ありがたいことにチーは意外なほど物わかりが良く、それならば僕が直接チーの母親に釣書をいただくようお願いするべきだろうという結論になった。チーの父親は病気で早世しているのだ。

そもそも僕らの結婚についても、まだチーの母親からお許しをもらっておらず、どっちみち近いうちにチーの実家を訪問しようと思っていた。だったら、その際に釣書の話もすればいいだろう。「娘さんをください! 」結婚までの最大の通過儀礼とも言える例のアレに、いよいよ挑むときがやってきたのだ。

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