前回までのあらすじ

大雑把な30代独身B型作家である僕(山田隆道)の彼女は、チーという名の几帳面なA型女子。このたび、そんな正反対の二人ではじめての大阪旅行をすることになり、チーを大阪にある僕の実家に連れて帰ることになったのだが――。

せっかく初めての大阪旅行だというのに、僕とチーは喧嘩ばかりしていた。初日の朝に喧嘩して、その夜のボーリング場でも喧嘩、さらに帰り道でまたまた喧嘩。いやはや、まったくもう。こんなに殺伐としたカップルは他にいるのだろうか。

僕はすっかり精神的に疲れてしまった。チーとの将来に不安を感じてしまう。巷で噂されているA型女子とB型男子の相性の悪さも気になった。もしや僕とチーは根本的に相容れない二人なのか。だとしたら、結婚どころじゃない。

そもそも喧嘩した恋人同士が仲直りするきっかけは、何が一番多いのだろう。

以前、飲み屋で偶然知りあった初老の男性は「男のほうから素直に謝るのが夫婦円満を長く維持する秘訣」と語っていた。なるほど、それは確かにそう思う。一般的に男性に比べて女性は理屈よりも感情で動くことが多く、いったん怒ると理論が通じなくなる傾向があると聞いたことがある。(本当か?)したがって、喧嘩の理由がなんであれ、「ごめんなさい。僕が悪うございました」と男が頭を垂れるべきだとか。

しかし、その初老男性ほど僕はまだ人間ができていなかった。理屈では謝ればいいとわかっていても、謝る気力もないときだってある。三度目の喧嘩のあと、僕は特にそういう気分になっていて、雨の中ずぶ濡れになって帰宅して以降も、チーとまったく会話がないまま、さっさと寝ることにした。もう知らねえよって感じだ。

すると翌朝、僕らの大喧嘩は意外なことであっけなく幕を閉じた。

朝起きたチーがどういうわけか元気いっぱいだったのだ。

「おはよー! たかちゃーん、早く起きないと時間もったいないよー!」

その瞬間、僕の眠気は一気に吹き飛んだ。なんだなんだ、これは一体どういうことだ。昨日まであれだけ怒っていたのに、なんで一晩寝ただけで、ここまで機嫌が回復しているんだ。寝ている間に何か心境の変化でもあったのだろうか。

以降もチーはすこぶる上機嫌で、鼻歌を唄いながらメイクを開始した。一方の僕はキツネにつままれた気分だった。思わず頬を強くつねってみる。激痛が走った。

「ねえねえ、今日はどこ行こうか? やっぱ吉本新喜劇とかアメリカ村とか?」とチー。完全に大阪旅行に気持ちが向いている人間の発言だ。

僕はどうにも釈然とせず、恐る恐る訊ねてみた。

「昨日の夜、大喧嘩したよね。……もう怒ってないの?」

「怒ってないよ」チーはあっさり答えた。

「なんで? なんで機嫌直ったの? たった一晩しか経ってないじゃん」

すると、チーは明快且つ能天気な声色で言った。

「だって、ぐっすり寝たもーん」

「はあ?」

「睡眠って大事だよねえ。寝たら身体だけじゃなく心の疲れも回復するっていうかさあ、何について怒っていたのかも忘れちゃったぐらいだもん」

チーはそう言って、ケタケタと笑った。僕は口をポカーンと開けたまま、しばらく呆然としてしまう。寝たら機嫌が直る。文字にすると赤ん坊みたいだが、いずれにせよ、なんという切り替えの早さだ。昨夜から一人でずっと深刻に考え込んでいた自分は一体なんだったんだ。ほとほと馬鹿馬鹿しい。肩の力が一気に抜けた。

そういえば僕が子供の頃、実家の祖母がよく「睡眠は万病に効く」と口癖のように言っていた。そして実際、祖母は体調を崩すと、医者に頼る前にまずはぐっすり眠るということを優先し、その結果、あらゆる病気を自力で治していた。医学が今ほど発達していない前時代を生き抜いてきた人間にとって、睡眠は持って生まれた自然治癒能力を最大限に高める唯一無二の方法だったのだろう。

今回のチーも広い意味では祖母と同じなのかもしれない。人間の怒りなんてものを理屈で解決しようと考えていた僕がそもそも間違っていたわけで、それを互いの相性問題にまで発展させるとは言語道断だ。人間にとって怒りという感情は、一種の精神の乱れであり、病気に例えるなら心が風邪を引いたようなものだ。

だったら、なおのこと寝れば治るわけだ。喧嘩が多いということは、きっと二人とも心身が疲れているのだろう。あんまり深く考え込まず、まずはぐっすり眠ってしまえば、朝起きたときに違う自分の心境と出会えるかもしれない。

睡眠は喧嘩にも効く。その真偽はともかく、ひとつの考え方として受け止めることで、気分がずいぶん楽になったのは確かだ。もしも僕ら以外に喧嘩の多さに悩んでいるカップルがいるなら、参考にしてみてはいかがだろうか。

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