前回までのあらすじ

大雑把な30代独身B型作家である僕(山田隆道)の彼女は、チーという名の几帳面なA型女子。このたび、そんな正反対の二人ではじめての大阪旅行をすることになり、チーを大阪にある僕の実家に連れて帰ることになったのだが――。

大阪の実家にはじめてチーを連れて帰った夜、僕の両親の態度はいつになく仰々しく、明らかにチーのことを「長男のお嫁さん候補」として見ているふしがあった。

一方の僕はいつかチーと結婚する意志はあるものの、まだ両親に報告する段階ではないと判断していた。したがって、僕は両親のアピールを完全に無視したまま夕食を終え、その場から逃げるようにチーと二人で夜の街へ繰り出したわけだ。

向かった先は、実家から車で15分ぐらいのところにある総合レジャー施設。最初はキタやミナミといった大きな歓楽街に行こうかと思ったが、時刻がすでに夜十時をすぎていたため、なるべく実家の近所で遊べる場所を探した結果、どういうわけか学生よろしくボーリングでもやろうということになった。

ちなみに僕はボーリングが超のつく下手くそである。今まで30数年生きてきたにもかかわらず、通算で数える程度しかボーリングをやったことがないわけだから当然といえば当然だが、それにしても平均スコア70台という体たらくだ。何をどう工夫しても、なぜか玉がまっすぐに転がらず、ボーリングには苦い思い出しかない。

また、それ以外にも一般的に男子が得意そうな遊びはほとんど苦手だ。パチンコや麻雀はほとんどやったことがなく、ゴルフに関しても親戚のオジサンに無理やり打ちっぱなしに連れて行かれたことが一度だけある程度。ダーツも下手だわ、カラオケも音痴だわ、楽器も弾けないわ、スポーツは観戦派だわ、自分で書いていてだんだん情けなくなってくるぐらい、女子にかっこいいところを見せられる要素がない。

だからして、なぜあの夜、チーと二人でボーリングをやろうという流れになったのかいまだに思い出せない。僕の下手くそ且つコミカルなボーリングプレイをチーの前で披露することで、いわゆる百年の恋も醒めるという恐れもあるわけで、普通に考えればボーリングだけは回避するところだろう。

しかし、あの夜の僕はおそらく冷静じゃなかったのだ。いま振り返ってみると、はじめての大阪旅行と両親からの結婚プレッシャーで無意識のうちに気が動転してしまい、まるで自分を貶めようとするかのごとく、もっとも苦手とする分野に挑んでみたくなったんじゃないか。すなわち自虐的になっていたということか、あるいはただのMなのか。少なくとも、あの夜が綺麗な満月だったことは確かだ。

果たして、ボーリングが始まった。僕はやっぱりガーターを連発し、チーの前でこれでもかと醜態を晒しまくった。隣のコースに陣取っていた若いカップルが、僕を見て笑った。途端に顔が熱くなる。ボーリングに挑んだことを早くも後悔した。

「こんなにボーリングが下手な男、はじめて見たわ」チーは唖然とした表情で、呆れ気味に言った。僕はますます屈辱的な気分になり、なんとかチーにいいところを見せようと躍起になったものの、焦れば焦るほど玉はあさっての方向に転がっていく。

しかしそんな中、なにげなくチーと交わした会話が印象的だった。

「けど、ボーリングが下手でちょっと安心したわ」とチー。

「なんで?」

「器用な遊び上手って、あんまりタカちゃんのイメージじゃないからさ。あんたはそこが売りの人間じゃないじゃん」

そう会話を締めると、チーは満面の笑みを浮かべた。その瞬間、僕はなんとなく嬉しい気分になった。チーは自分という人間のことを本当の意味でわかってくれている女性だ。そんな揺るぎない信頼と安心があるからこそ、僕はチーと結婚しようと思ったのだろう。ともすれば結婚とは、醜態を晒し合う行為なのかもしれない。

しかも、チーもチーで笑っちゃうぐらいボーリングが下手だった。おそらく女子の平均レベルより、かなり下なんじゃないか。さすがは学生辞代、陸上のリレー競争で次のランナーの助走に追いつけず、バトンを渡せなかっただけのことはある。

「あははは。下手くそやなあ!」チーの醜態に僕は腹を抱えて笑った。

「うるさいっ。あんたも下手じゃん!」チーは目を剥いて抗議してくる。

「いやいや、チーには負けますよ」「いーえ、タカちゃんよりマシです!」

その後、二人で互いを罵りあい、恐ろしいほど低レベルのボーリングが延々と続いた。けど、その一方で無性に楽しく、随所に笑い声がこぼれてしまう。今まで苦い思い出しかないボーリングでこんなに笑ったのは、その夜がはじめてだった。

「結婚かあ……」チーにばれないように呟いた。思いきって両親に報告してみようかな――。ボーリングを終えた頃、僕はなんとなくそんな気持ちになっていた。

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