前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

前回、ひょんなことからチーの鞄の中身をチェックしたところ、彼女は僕の想像以上に色んな物を常に持ち歩いていることが判明した。詳しくは前回を読んでいただくとして、今回はその後編である。(まだあんのかよ!)

「自分日記でしょ、三年日記でしょ」チーはそう言って、鞄から2種類の日記帳を取り出した。なんでも三年日記は普段の何気ない日記であり、時として人に見せる場合もあるが、自分日記は落ち込んでいるときや悩んでいるときに心のモヤモヤを吐き出すための日記であり、人に見せることは絶対にないという。

「あと手帳でしょ、メモ帳でしょ」チーはさらに取り出した。

「ちょっと待った。日記と手帳は違うの?」僕は目を丸くする。

「違うに決まってんじゃん。手帳は手帳だもん。予定とか書くのはこっちだし」

「じゃあ、そのメモ帳は? それも手帳とは違うの?」

「メモ帳は破ってもいいやつ。必要がなくなったら捨てたいメモ書きとかがあったときに、自分の手帳を破るのって嫌だから。あとは例えば友達とかに『ちょっとメモある?』って聞かれたときに自分の手帳にメモられるのも嫌じゃん」

その後、チーは小さなペンケースと12色のカラーペンセットを取り出した。

「ペンケースには常に3種類のボールペンを入れているの」チーの表情が一気にほころび、なにやら嬉しそうに説明を始めた。「シグノの0.28mと0.38m、あと三色ボールペン。0.28は手帳と三年日記用で、0.38は自分日記とか仕事の事務用品として。シグノっていうのはお気に入りのメーカー。これじゃなきゃダメなんだよね」

ボールペンなんてなんでも一緒じゃないか――っ。そう喉まで出かかった。チーのこだわりは僕の感覚の範囲外だ。いまさら、そこを指摘して互いの意見をぶつけ合うより、チー特有の価値観を楽しんだほうがはるかに生産的だろう。

「12色のカラーペンはなんで持ち歩いているの?」僕はさらに訊ねた。

「外で日記を書いているときに、文字を色づけしたくなったりするじゃん」

「はあ……」僕はなんとか納得しようとしたが、その直後、チーがさらに鞄からレターセットと小さめのスケッチブックを取り出したのを見た瞬間、さすがに驚いて声のボリュームを上げた。「この期に及んでレターセットも持ち歩いてんのかよ!」

「外で誰かに手紙書きたくなるかもしれないじゃん」またもチーは平然と言った。外でトイレに行きたくなるかもしれないじゃん、みたいな口調である。

「じゃあ、そのスケッチブックは?」

「これはね……」そこで少し言葉に詰まるチー。なんだなんだ、何か言いにくい理由でもあるのか。僕が訝しげな目をすると、チーはモジモジしながら口を開いた。「これは外でもし誰かに会ったときのために……」

「もしかしてサイン用か!?」僕はすぐにピンときた。「街中で芸能人とかに偶然会ったときのために、サインしてもらおうと持ち歩いているんだろ?」

すると、チーの頬がみるみる紅潮していった。「だって……。基本は栃木の田舎もんなんだもん……」そう言って、恥ずかしそうにうなずいた。「だから、油性ペンも持ってるよ。ちなみに緑の油性ペンが一番好きなんだ」

その瞬間、僕は思わず吹き出してしまった。あははは。そうかそうか、芸能人にサインをもらいたいのか。かわいいとこあんじゃん、チー。

「あんた、田舎もんを馬鹿にしたでしょ!?」

「してないしてない、あははっ」手を叩いて笑ってやった。チーは両頬をパンパンに膨らませ、下唇を大袈裟に剥いた。「まあまあ、そうブーたれるなって」

チーはとかく神経質で、何かと細かいこだわりが多い女性だ。それは僕にとって時に不可解で、少し窮屈なところもあるが、しかしそんなものは人間を形成する枝葉にすぎず、もっと本質的な根幹の部分には、東京という大都会にいちいち心を躍らせてしまう牧歌的で瑞々しい少女の片鱗がある。僕はたぶん、チーのそんなところに心地良さを感じているのだろう。だから、チーに共感できるのだろう。数は多くとも脆弱な枝葉ではなく、一本のどっしりとした人間としての幹に僕は惚れているのだ。

「あと、最後にもうひとつだけ」とチー。鞄から取り出したのは、チーが子供の頃からずっと集めてきたお気に入りのステッカーコレクションだった。

「こ、これは……なんで持ち歩いているの?」僕は恐る恐る訊ねてみた。

「外で友達と会っているときに、配りたくなるかもしれないじゃん?」

「なんねーよ!」

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