前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

サンダルを履きたいのに履けない。これが最近の僕の悩みだ。9月とはいえ、まだまだ残暑が厳しいため、足元を少しでも涼しくしたいのだが、実際の僕はこのところ毎日スニーカーを履いている。しかも靴下付きである。

自宅の玄関にはサンダルが二つある。だからして、履こうと思えばいつでもサンダルを履ける状況であり、実際外出する前に一度はサンダルの誘惑に負けそうになるのだが、それでも僕は最終的にスニーカーを選んでしまう。

理由はチーが怖いからだ。以前、僕がサンダルを履いて家に帰ってきたとき、チーに「もう二度とサンダルを履いちゃダメ!」ときつく釘を刺されたことがあり、それ以来、玄関のサンダルを見ても蛇の生殺しのように足を通せなくなった。

「あんた、自分の足がどれだけ臭くなるのかわかってんの!? 何を食べて、どこを歩いて、どんな生活をしたら、そこまで足が臭くなるのっ。病気なんじゃない!?」

これは辛い言葉だった。チー曰く、僕の足の臭いは「殺人的」らしいのだ。

一応自分の名誉のために断わっておくが、通常時の僕の足は決してそこまで臭いわけじゃない。……と思う。きっと。しかし、これがサンダルを履くと当然蒸れるわけで、そうなった場合は臭いが一気に覚醒する。足にこびりついた角質が湿気によって熟成され、得体の知れない濃厚なスメルが部屋中に放出されるというわけだ。

以前、玄関で僕がサンダルを脱いだ瞬間、チーの顔がみるみる青褪め、激しい嗚咽を漏らしたことがあった。さらに愛犬のポンポン丸が狂ったようにキャンキャン騒ぎ出し、さっきまで元気に飛び回っていた蚊が即死した……というのは作り話だが、いずれにせよ、それぐらい病的に臭いというのは確かだろう。

20代の女子にそこまで臭いと罵倒されると、30代の独身男子としては心に深い傷を負ってしまう。果たして僕は今やすっかりサンダル恐怖症、いや正確には「サンダルを履いた後の自分の足の臭い恐怖症」になってしまった。情けないけど、これ以上気づくのは嫌だ。ましてや、それが原因でチーにふられたら目も当てられない。

「なんで、彼女にふられたの?」「いや、足が臭かったからさ」

ああ、嫌だ嫌だ。そんなこと友達に言えるわけがないでしょう。

ところで、なぜだろう。当たり前だが、僕は毎日足を石鹸で洗っている。特にチーに怒られるようになってからは、家に帰って最初にすることは足の洗浄になり、さらに風呂場でも足を洗うようになった。つまり、現在の僕は一日に二度も足を洗っているにもかかわらず、それでもサンダルによる化学反応を起こしてしまうのだ。

その一方で女子の足はなぜかあまり臭わない。チーなんか毎日サンダルを裸足で履いているというのに、僕が知る限り、チーの足の臭いでポンポンが発狂したことは一度もない。玄関にサンダルを置いていても、チーのサンダルは無臭のままなのだ。

そういえば実家に住んでいたときもそうだった。じいちゃんや父ちゃんの足は子供心に死ぬほど臭かったが、母ちゃんの足は無臭だった気がする。ということは年齢というより性別による臭いの発生、すなわち足が臭くなるのは男性だけと考えたほうが正しいのか。男性ホルモンの中に足が臭くなる物質が潜んでいたりして。

そんなことを考えていると、子供の頃の母ちゃんの言葉を思い出した。それは僕が父ちゃんの足の臭いについて愚痴を零した日のことである。

「父ちゃんの足が臭すぎる! なんとかしてや、母ちゃん! 」

そう詰め寄る小学生の僕に、母ちゃんは煩わしそうな表情でこう言った。

「うるさい! あんまり臭い臭い言うなっ。我慢しなさい!」

「いや、我慢でけへん。父ちゃんの足は病気なんちゃうか?」

「いいえ、違うの。足が臭いのは健康な証拠よ」

「え……」その瞬間、僕は言葉を失った。

健康な証拠。まじかよ、母ちゃん。足の臭いって、そうだったのか――。

もちろん、母ちゃんには何の根拠もなかったと思う。僕があんまりしつこく愚痴るもんだから、いいかげん鬱陶しくなったというか、勢いだけで適当な言葉を吐き捨てたのだろう。しかし今振り返ると、なかなか斬新な発想だとも思う。

よし、僕もチーにそう言ってみよう。何の解決にもならないかもしれないが、足の臭いにコンプレックスを感じながら生きるよりマシだ。自分に自信を持ちたい。そのためには「足の臭いも健康な証拠だ」と肯定できるようにならなければ。

かくして、近いうちに再びサンダルを履いてやろうと決意する僕であった。

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