最近の僕は少しでも腹のでっぱりを隠蔽するため、常にお腹をへこませながら歩いている。本来の僕は普段の怠惰な生活がたたって"たれパンダ"みたいな腹部をしているのだが、そこまで極度に太っているわけでもないため、「腹へこませ作戦」で女子の目をごまかすという表面的な解決策を選んでしまう。わざわざピチッとしたシャツなんか選ばず、ゆったりしたシャツに鉄板のジャケットを着れば、女子を口説く際に大きな支障をきたすことはないだろうという安易な目算である。

ある夜の帰り道、駅からの家路を歩く僕は少し気が楽になっていた。暗さであまり腹が目立たなくなるため、女子の目線をそこまで気にせずにすむ。ここぞとばかりに腹の力を抜いて、ようやくリラックスすることができるわけだ。

十分ほど歩くと、街の喧騒から離れ、あたりは一気に静かになった。あと数分で僕が独り暮らしをするマンションに到着する。

すると、僕の目の前を歩いていた大学生ぐらいの女子が、突然走り出した。僕が彼女の1メートルぐらい背後に近づいた瞬間の出来事だった。

なんで――。なんで急に走り出したんだ?

まさか暗がりの中、僕を痴漢や変質者と勘違いし、怖くなって逃げ出したんじゃないだろうな。おいおい、僕はそんな変態じゃないぞ。いや、そんな大それたことできる勇気なんか微塵も持ち合わせていないのさ。

大体、僕のどこに怪しまれる理由があるんだ。大きな足音をたてたり、奇声を出していたわけでもなく、至って普通に黙々と歩いていただけじゃないか。そもそも僕は彼女の背後を歩いていたわけで、顔だって見られていないのだ。

そういえば以前、自転車に乗っているときもこれと似たようなことがあった。僕は普通にペダルを漕いでいただけなのに、突然さっきまで併走していた女子高生が自転車を立ち漕ぎし、猛スピードで走り去って行ったのだ。

うーん。これは一体どういうことなんだろう。

まさか僕が気づいていないだけで、全身から異臭でも発生しているのだろうか。澱みきった三十三年ものの熟成スメルが若い女子たちの鼻を容赦なく攻撃し、途端に逃げ出したい衝動に駆られるんだろうか。

僕は脳をフル回転させ、原因を究明した。すると、ある一つの仮説に辿り着く。

もしや、過剰な息切れのせいではないか――。

そうなのだ。今まであまり自覚していなかったが、最近の僕は著しく体力が衰えたため、一定時間以上歩いたり自転車を漕いだりしたら、明らかに呼吸が乱れてくるのだ。つまり、若い女子にしてみれば、謎の男性が激しく息切れする呼吸音が背後からどんどん近づいてくるということである。そこに暗がりの静かな道であることも手伝って、かなりの恐怖を感じるというカラクリなのではないか。

「はあはあは。ふう。はあはあ。ふう。ごほっごほっ。うっ。ぐぼっ」

確かにこんな音が背後から聞こえてきたら、僕でも怖い。やたらと大きな吐息と溜息に加え、時々交じる咳払いと嗚咽。いくらなんでも、僕は体力がなさすぎる。肉体年齢を測定したら五十代ぐらいなんじゃないか。これだから文科系は辛いのだ。

かくして最近の僕はさすがに体力の危機を感じ、ウォーキングぐらいはするようになった。一日中座り続ける仕事のため、普通の三十代よりも衰えが早くなっているのかもしれない。せめて三十分ぐらいは腹をへこませながら平然と歩けるようにならないと、女子とのデートにも支障をきたすじゃないか。糖尿病と通風も怖いし。

しかし、若くてかわいい女子が自分から逃げていく光景を見るのは、精神的にかなり厳しいものがある。あれを何度か繰り返されると、無意識のうちに若い女子に気後れしてしまう弱気なオッサンになってしまうじゃないか。女子から男子への新手のセクハラだと思うのは僕だけか。積極性という恋愛においてもっとも重要な武器が失われていく気がしてならないのだ。

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