両親の恋愛に興味があるのは僕だけだろうか。自分が生まれるちょっと前に、二人の間にどんな恋があって、どんな経緯を経て、自分の命に繋がっているのか。すべての人間のルーツには必ず男と女のドラマがあるのだ。

ちなみに僕の両親の場合、父は大阪育ちで母は東京育ちである。父が大学時代にひょんなことから同い年の母と知りあい、二人は東西600キロの遠距離恋愛を数年間続けた結果、双方24歳のときにめでたくゴールイン。昭和48年のことだった。

父曰く、遠距離恋愛を成就させた秘訣は「ラブレターにあった」らしい。経済的に余裕がない学生時代、手紙は一番安価な語らいの手段だった。もちろん、すべて直筆である。近年のメール文化の発達はつくづく遠距離恋愛に役立っているのだろう。

父がラブレターを書いていた。それは僕にとって意外な事実だった。

父は典型的な理系男子で、読書が大の苦手である。息子である僕の拙著にも興味を示さず、以前、新刊をプレゼントしたときも父は「漢字が多いなあ」と眉間に皺を寄せていたほど。結局、愛息の著書は机の中で埃だらけになってしまったという。

しかし、これだから両親の恋愛ドラマはおもしろい。今まで理系一本槍だと思っていた父の知られざる文学的な側面。手紙が文学かどうかといった定義的な問題はさておき、とにかく母が見ている父の景色は僕のそれとはまったく違うのだろう。

「ああ、ラブレターね。確かにたくさんもらったよ」

母はそう言って、父からもらったラブレターの想い出を詳細に教えてくれた。ちなみに母は父と違って幼い頃から超文学少女だった。

「たぶん、お父さんはわたしは喜ばせようとしていたんだろうね。ほんとは読書嫌いなくせに、付き合い始めたころは一生懸命文学青年のふりをしていたもの」

懐かしそうに笑みを浮かべる母。そうか、そうか。父は無理をしていたんだな。母のことが好きだから、母の趣味に合わせようと必死だったということか。なかなか可愛いとかあるじゃないか、父ちゃん。

「けど、お父さんって手紙にどんなこと書いてたん?」

当然、僕はそんなことが気になった。いくら文学青年のふりをしたとしても、手紙を書いたら一発でばれそうじゃないか。正直、あまり本を読んでこなかった人の文章は僕にだってすぐわかるのに、ましてや相手は小学生でトルストイやドストエフスキーを読破したほどの超文学少女の母である。父の付け焼刃の文章力で叶う相手ではない。下手に頑張ったことを書いてしまい、母を失笑させていたんじゃないか。

すると僕の心配をはるかに上回る、こんな真実を母は教えてくれた。

「お父さんのラブレターって全部ゲーテのパクリだったの」

えっ。どういうこと――?

「ゲーテが書いた恋愛の詩を、さも自分が考えたことかのように写してきたのよ。外国文学だったらばれないと思ったんだろうね。けど、わたしはゲーテを全部読んでいたから、一発でわかったけど」

なるほど。それはかなり恥ずかしいぞ、父ちゃん!!

しかし、父にとってはゲーテなんてまったく知らない人だったのだろう。よくわかんない外国人が書いた詩だから、そのままパクってもばれるわけがないと確信していたというわけか。わかる。わかるぞ、その気持ち。けど、母ぐらいの文学少女になってくると、ゲーテなんか大衆作家なんだよ。

かくして母には「ラブレターのパクリ」がモロバレだった父。しかし、父は今でもこの事実を知らないという。黙って喜ぶことが、母なりの父への愛だったのだ。

ラブレターっていいもんだな――。僕は心の中でそう思った。

デジタルなコミュニケーションが主流を極めている現代。手紙なんかもらったことがないという若者も少なくないだろう。だとしたら異性を口説く際、あえて手紙を使うというのは効果的かもしれない。今の時代、いきなり手紙をもらったら誰だって少しは驚くはずだ。驚きによるドキドキと恋愛のドキドキは密接な関係にあると僕は勝手に仮定している。意表をついたアナログ攻撃が恋心をくすぐったりして。

よし、決めた。ラブレターを書こう。

……うーん、そうだな。70年代のフォークソングの歌詞からパクろうか。さすがに今の若い女子は知らないだろう。

僕はやっぱり父の息子なのだ。

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