恋人の影響をすぐに受けてしまうのは感受性が豊かだからだろうか。例えば知人女性のSは、今まで付き合ってきた様々な男性にことごとく影響を受け、自分のライフスタイルそのものをころころ変えてきている。

高校を卒業後、美容師になりたいと専門学校に入学したまでは普通だったのだが、在学中に30歳のフリーカメラマンと付き合いだした途端、あっさりと退学。その後すぐさまカメラの専門学校に通いだしたあたりから、不穏な空気が流れ出した。

彼氏の影響をもろに受け、将来はカメラマンになりたいと決意するS。自分のホームページを開設し、そこで自分が撮影した写真を公開。プロフィール欄にも「カメラマンの卵」と記載するなど、その変わり身の早さは圧巻だった。

しかし、Sがおもしろいのはここからである。

それからしばらくしてカメラマンの彼氏と別れたS。すると、あっさりカメラの専門学校を辞め、ホームページも閉鎖! 一体どうするのかと思っていたら、今度はシンガーソングライターを目指してギターの勉強を始めたのだ。

さらにホームページまでリニューアルし、新しいサイトで自作の曲を発表。プロフィール欄には「シンガーソングライターの卵」と堂々と銘打っている。

当然、僕はSに聞いた。

「いつのまに音楽なんて始めたの?」

「彼氏がミュージシャンなの」

聞いた瞬間、どっと脱力した。やっぱりそういうことか。彼氏の影響である。

カメラのときと一緒じゃないか。あまりに自分が無さすぎるぞ。カメラは一体、どうしたんだよ。僕の眉間に深い皺が何本もよった。

なお、彼氏はミュージシャンと言うが、まだデビューしていないらしく、年齢は30代後半。普段はコンビニで週6ペースのバイトをしているという。いいかい、Sちゃん。そういうのはミュージシャンじゃなくて、コンビニの店員って言うんだよ。

しかし、ミュージシャンとの恋もやがて終焉。すると予想通り、Sはシンガーソングライターの道を断念し、なぜか芝居の勉強を開始。再度リニューアルしたホームページには「女優の卵」という肩書きまで記載されている。もちろん、新しい彼氏は舞台俳優である。 さらにその後、役者熱もいつのまにか冷めたなと思っていたら、今度はフリーライターを目指してカルチャーセンターに通いだした。もちろん、新しい彼氏は雑誌の編集者。そして、お次はフットサル。新しい彼氏はJリーガーである。

そんなこんなで彼氏にことごとく影響され、自分の人生を自分で勝手に激動させていくS。ここまでくると、そのバイタリティに頭が下がるというものだ。

先日、そんなSに会う機会があった。

Sは開口一番、「新しい彼氏ができた」と僕に報告してきた。聞けば、彼氏は普通のサラリーマンで、今までにないぐらい落ち着いた男性らしい。もしかして、次はあれじゃないか? 僕の脳裏にある予感がよぎる。

「あたしも28だし、そろそろ結婚しようかと思ってるんだよね」

やっぱり。開いた口が塞がらなかった。きっと結婚願望の強い彼氏なのだろう。だから、付き合った途端、自分もその思考に影響を受けたのだろう。S曰く、カメラマンもシンガーソングライターも芝居もフリーライターもフットサルも今となってはどうでもよくなったようだ。「結婚こそ、女の幸せよ」と堂々語るほどである。

正直、僕は怖いと思った。もしも、このまま結婚したとして、途中で違う何かに影響されたら、Sは平気で結婚生活を捨てるんじゃないか。そうなったら、今までのようにはいかないぞ。結婚には様々な責任がつきまとうんだから。

「でも、一度しかない人生なんだから、好きなように生きようと思うの」

Sはそう言って、あっけらかんと笑った。僕は心の中で溜息をつく。

出たよ、この台詞。中途半端な人ほど、この手の台詞をよく口にする。自由に生きるということを何か勘違いしてないか。今はそれでいいかもしれないけど、子供ができたら「好きなように生きる」なんて言ってられないぞ。

と、思った矢先、Sは最後にこう言った。

「実はね、できちゃったのよ」

やっぱ、それかい!

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