数多くの商品ブランドをそれぞれの事業部で同時展開している消費財メーカーにとって、マーケティング戦略を抜本的に見直すことは決して簡単なことではない。しかし、国内需要が減速し消費者のライフスタイルが大きく変化している現代社会において、長年培ってきたマーケティング戦略に固執することは成功体験の成熟というメリットがある一方で時代とのミスマッチというリスクをも生み出す可能性を秘めている。特に、テクノロジーの発展によって消費行動がデータ化された昨今、企業のマーケティングもデジタルを活用した変革が求められているのだ。

こうした市場環境において、飲料・酒類分野で日本を代表する企業であるキリンは、時代の変化に対応すべくマーケティングのデジタル変革に挑んでいる企業のひとつだ。キリン デジタルマーケティング部の山中啓司氏に同社のマーケティング活動における変化を聞いた。

キリン デジタルマーケティング部の山中啓司氏

まず聞いたのは、なぜキリンのマーケティングにデジタル変革が必要なのかという点だ。山中氏はその背景に顧客環境の変化を挙げている。

「消費者の購買行動は、“安ければいい”、“店頭で目立つものを買う”という時代から変化しています。顧客のライフスタイルや趣味嗜好に合わせて購入を促していかなければならない時代になっており、例えば、商品やブランドが持つストーリーやこだわりと、そうしたストーリーに共感してもらえる消費者の層がマッチしなければモノは売れません。マス形のコミュニケーションももちろん必要ですが、セグメンテーションとコミュニケーションの最適化をしていかなければ消費財メーカーも市場で生き残っていけません」(山中氏)

つまり、誰に何を訴求すると共感してもらえるのかという視点が一般消費財メーカーにも求められるようになってきたことであり、ただ商品を訴えて認知を獲得するのではなく、顧客に合わせてパーソナライズされたコンテクストを作らなければモノが売れない時代になっているというのだ。こうした市場変化にあわせて、キリンは商品・ブランドを軸にしたマーケティング展開から顧客本位のマーケティングに転換することを経営トップが打ち出し、デジタルマーケティングの手法や組織の在り方を大きく見直すことになったのだそうだ。

山中氏によると、最初に取り掛かったのは様々なブランドで抱えている顧客データのシングルリソース化だったという。キリンは商品ごとに多数のオウンドメディアを抱えており、消費者向けのキャンペーンサイトも毎月いくつも新たに立ち上がる。また、リアルに目を移せば、街頭でのサンプリングやPRイベント、工場見学なども多数開催しており、そこでも顧客情報を収集する。こうした様々なタッチポイントで生まれる顧客データは“タコつぼ化”している状態で、それらのデータをひとつにまとめることが必要だったのだ。

「最初、あらゆるソースから全てのデータを集めたら4000万件にのぼり、それを名寄せして400万件の顧客データを作りました。そして、このデータを活用して顧客本位のマーケティングを展開する武器にしようとしたのが2015年に導入したDMPです。最初はスモールスタートで有効性を検証し、顧客行動にあわせたクロスブランディングや関連商品のレコメンドなどから始めました」と山中氏は振り返る。

ただ、キリンは商品のバリエーションが非常に豊富で、顧客データを統合・共有するという考えに社内の賛同を得るのは簡単ではなかったのだそうだ。

「反発も決して少なくありませんでした。“なぜ統合・共有すると効果的なのか”を説明するところから始めました」(山中氏)

とはいえ、スモールスタートで開始したDMPでも新たな知見が得られ、社内のデータ活用の期待・理解を高めることができた。数多くのオウンドメディアのデータを統合・分析した結果、どのサイトにどれだけの顧客が来ているのか、どういう顧客が来るのか、どれくらい重複しているのかといった、今まではそれぞれのサイトでバラバラにデータを取っていたために把握することができなかったことが見えるようになってきた。これにより、キリンのオウンドメディア全体の動きを把握して今後の戦略を検討できるようになったのだ。

「クロスブランディングによって既存顧客との継続的なコミュニケーションを生み出すことを念頭にDMPを活用しました。データドリブンによって施策効果を見える化して、PDCAを運用しながら効果の最大化を目指しました」(山中氏)

こうした取り組みの結果、クロスブランド展開が顧客メリットになる=マーケティング効果に貢献するという意識が社内で高まることになる。

「例えば、リアルな街頭イベント、工場見学の来場者データが収集できても、その後に継続的なコミュニケーションからブランドロイヤリティを生み出さなければ、意味がありません。一過性のもので終わらせるのはもったいない。コミュニケーションの継続性を生み出せるのがデジタルの強さではないかと思います」(山中氏)