『えがないえほん』(B・J・ノヴァク/大友剛・訳/早川書房)

絵本といえば、絵があるものである。しかし、このほど絵が一切ない絵本がアメリカから日本に初上陸した。

全米70万超の売上げを誇り、ニューヨークタイムズで137週間ベストセラー入りを果たした『えがないえほん』(B・J・ノヴァク/大友剛・訳/早川書房)だ。

「絵がないのに、子どもは楽しめるの?」、当然わいてくる疑問だろう。しかし、楽しいどころか読むだけで、子どもたちが笑い転げる不思議な絵本なのだという。

なぜ、そんなことが可能なのか。翻訳を手掛けた大友剛さんに聞いてみた。

子どもだから分かる楽しさ

この本には、ルールが一つだけある。それは、「書かれている言葉を、声に出して読むこと」。読み進めていくと「ぶりぶりぶ~!」「ほんにゃまんかぺ~」「ばびろんばびろんぼよよよよ~ん」といった言葉が続く……。これらの一見意味不明な言葉を、大人が読まされ続けることになる。

本文の一部

ここまで紹介しても、大人にこの絵本の面白さは伝わらないかもしれない。しかし、絵本を読んだときの子どもたちの反応は……。

読み聞かせ中の子どもたちの反応

動画はこちら↓↓

そう、大爆笑なのだ。

まじめな大人が"言わされている"のが面白い

『えがないえほん』の翻訳を手掛けたのは、全国で年間250本もの「マジックと音楽と絵本ライブ」で読み聞かせを行っている大友剛さん。発売を前に、18カ所、約2,000人の子どもをモニター読者として読み聞かせてきたところ、いずれの場所でも子どもたちの笑いが止まらなかったという。

翻訳を手掛けた大友剛さん(写真 相澤心也)

――子どもたちはどんなところに面白さを感じるのでしょうか

大友さん(以下略): アメリカの絵本の紹介文では、このようなことが書かれていました。「大人はいつもしつけをしたり、教育したり、偉そうなことばっかり言っている。でも、そんな大人が『は?』っていうおバカなことを言い始めるところに、子どもがゲラゲラと笑う」。

大人が絵本に"言わされている"という設定が、子どもの笑いを誘うのだと思います。例えば、いつもは偉そうなお父さんが「おしりぶ~ぶ~」ってイヤイヤ言わされていたら、面白いですよね。

一見、読み方に技量が問われそうなんですが、小さく書かれている文字は「普通の自分」、大きく書かれている文字は「言わされている自分」という設定でうまく台本が書かれているので、その通りに読めば大丈夫です。

小さい文字で書かれた「ちょっとちょっと、なに これ?! こんな ほん よむつもりじゃ なかったんだけど! それでも、ぜんぶ よまなきゃ だめ? まいったな……」は大人としての普通の自分、大きい文字で書かれた「ぶりぶりぶ~!」は言わされている自分という設定

学校では勉強、家では宿題、親からは「脱いだものを片付けなさい」とか「ごはんはきれいに食べなさい」と言われる日々。それはそれで大事なことなんですが、子どもって本能的には「自由になりたい」とか「殻を破りたい」という気持ちを持っていると思うんですね。

この絵本を読み聞かせている間は自由な時間。子どもにとって、体も心も解放できる時間になるのではないでしょうか。

一見下品、でも、子どもたちへのリスペクトがあふれてる

――この絵本には、たくさんのオノマトペが出てきますよね。ここにもやはり面白さがあるのでしょうか?

結局、文字というよりかはサウンドだと思うんですよ。読み聞かせをすると、年長さんは文字を読みながら笑ってくれるんですけど、3~4歳は僕が読み聞かせるだけで「ドッカーン」となります(笑)。

前後脈略もなく「おしりブーブー」って出てくるのもおもしろいですよね。小さな子どもって例えば、自分の排泄物に対して、喜びや発見、神秘や感動を感じているそうです。

そもそもこのような下品な言葉って本来は汚いことではなくて、人間が生きていくうえで大事なものばかりです。こうやって絵本で読んで親子で言葉を共有することは、大切なのではないかと僕は思います。

「子どもへのリスペクトが感じられる本」と大友さん(写真 相澤心也)

絵本では読み聞かせを聞いている子どもたちに対して「人類の歴史の中で一番素晴らしい子どもである」と伝えている部分があるんです。

さらに言うと、"下品な言葉"は"人を傷つける言葉"とは全く違って、むしろこの本は全体を通して著者ノヴァクさんのセンスと子どもへのリスペクトが感じられます。読めば読むほど、大人が関心するような内容になっていると思いますよ。

子どもと作った子ども目線の絵本

――オノマトペや一見意味の分からない言葉を訳すのは大変だったと思います

基本的な流れやニュアンスには忠実に訳しましたが、日本文化に馴染まないものなどは工夫しました。例えば「僕の頭の中身はブルーベリーピザ」という言葉があって、アメリカではウケるんですけど、日本では"ブルーベリーピザ"に馴染みがないので面白くないんです。だから「なっとうのみそしる」にしました。

「なっとうのみそしる」は日本ならではの訳

一番にぎやかなオノマトペだらけのページでは、原書の音から離れて、「へ~~っくしょんぶりぶり~」とか「おならぷ~!」など、日本語として笑える言葉になっています。

もちろん、原書を大事にしてスピリッツは受け継いでいるのですが、明確なストーリーがある本ではないので、"アメリカと同じくらい笑えるものを作れたらいいな"という気持ちで訳しました。

大友さんの"笑わせたい"という思いが詰まったページ

――子どもたちが本当に笑ってくれるのか、という不安はありませんでしたか?

本当に自信はありませんでしたし、不安もありましたが、今年8月から翻訳を始めて、まず9月のはじめに講演先で読み聞かせをしてみたんです。そこから、「この部分の反応は良かったな、でもこの部分はイマイチだったな」というように、少しずつ訳文を調整していって、どんどん面白くなりました。

途中からは、あまりにウケるので僕が味をしめてしまって、読む回数が増えたくらいです(笑)。

出版するまでに、18カ所、約2,000人の子どもたちに読み聞かせをしているので、面白さは実証済みです。この絵本ができたのは、本当に子どもたちのおかげなんですよ。子どもと一緒に作った絵本だと思います。

子どもの反応を楽しんで

――「大友さんに読みに来てほしい!」という気持ちは芽生えたものの、自分で読み聞かせをして子どもを笑わす自信がありません(汗)。どんな風にこの絵本を楽しんだらいいでしょうか

「こういう風に読んだ方がいい」っていう方法は多分ありません。冒頭でお話したように、絵本自体が子どもたちの自然な反応を誘うような流れになっているので、台本通りに、子どもの反応を見ながらゆっくり読めば、大丈夫です。コツとしては、大きく書かれている文字は堂々と、小さく書かれている文字は「え~なにこれ~なんで読まなきゃいけないの?」というテンションで読んでみるといいかもしれません。

子どもによって反応も違いますし、多分、笑うところも違うと思うんですよ。「この子、こういうところで笑うんだ」というように、今まで見られなかったような反応があったり、新しい発見があったりするので、そういったところも楽しんでほしいですね。


11月21日発売の『えがないえほん』(税込1,404円)。今後は、たくさんの人がアドリブ入りで読み聞かせをしたり、自分なりの"えがないえほん"を創作していったりという流れを期待しているそう。

まずはだまされたと思って、読み聞かせにトライしてみる価値はあるかもしれない。