今年の「arm TechCon 2017」の基調講演は、少しいつもと毛色が変ったものとなった。足元の業績そのものは悪くない。Photo01~Photo03は今年第2四半期のRoadshow Slideのものだが、前年同期比で順調に売り上げも伸びている(Photo01)。ライセンスも2017年前半だけで67も獲得しており(Photo02)、こちらも順調である。現在はソフトバンクの100%子会社ではあるが、ソフトバンクの後ろ盾がなくても、経営的には超健全と言って良い状態だと思われる(Photo03)。

Photo01:USDとGBPが混在するのでちょっと見にくい。Licensingが大きく伸びているのが特徴的

Photo02:昨年は113ライセンス程度であったが、今年は前半期だけでこの半分を超えており、このままだと130ライセンスほど獲得しそうである

Photo03:IFRSベースの利益率が40%というのは、IPの会社としては考えられないほど高いと考えて良いと思う

今回発表こそ無かったものの、これまで懸案だった同社のサーバと自動車(ECU)分野への取り組みは、ほぼ「仕込みは終わった」模様だ。例えばサーバマーケットだが、依然としてarmサーバのシェアそのものは1%にも満たないが、すでに主要なベンダのみならず、顧客もarmベースのシステムの評価を開始している。サーバの場合、製品が登場してから実際にその製品が売れ始めるまで若干のタイムラグがある。特にアーキテクチャレベルでの入れ替えとなるとさまざまな検証が必要になるし、顧客も現時点で普通に使えているサーバを「こっちの方がちょっと良さそうだからすべて入れ替えます」とは普通思わない。とりあえず3年や5年ごとに訪れるリプレースのタイミングで、次のシステムとの入れ替えを掛けることになるから、本当に市場が動き出すのは2019~2020年頃になる。逆にそこまでの間は、大きくシェアが変わることはないだろう。とはいえ、どんな顧客がどんな評価を行っているかはサーバベンダー経由でarm側もある程度把握している訳で、それもあってかサーバマーケットに対しては非常に楽観的な態度だった。

しかもここに向けては次の弾の準備も進んでいる。arm TechCon 2017の2日目に開催されたHiSiliconとSynopsysによる「Achieving maximum MHz/mW on Kirin 970 mobile computing SoC using Synopsys Design Platform」というセッションでは、SynopsysのQIK(QuickStart Implementation Kit)を使うことで、次世代コアを迅速にインプリメント出来ると紹介された。

Photo04:これはSynopsysのセッション。7nmプロセスを使う次世代コアはARMとSynopsysがQIKの開発で協力しているとする

Photo05:同じくSynopsysのもの。QIKを使うことで、7nmを使う次世代コアのインプリメントの時間をだいぶ減らせる、としている、とはいえCortex-A72ほどではないのだが

また、同3日目の「Unprecedented Industry Collaboration Delivers Leading 7nm FinFET HPC Solutions」というTSMC/arm/Xilinxの共同セッションでは、arm自身がTSMCの7nmに向けて次世代Cortex-AのPOP IPを出すと明言しており、これはHPCとは言いつつも当然、普通のサーバマーケットも睨んだものとなる。すでにSingle Thread性能ではarmコアはAtomのレベルを超えており、Skylakeにかなり近い(ただし追いついていない)ところまで来ている。この次世代コアはSIMD性能を別にすると、ほぼSkylakeに並ぶか超える程度の性能のコアになると目されており、恐らくコアの詳細が明らかにされるのは、実際にいくつかのリードカスタマへの採用が決まったあたりになると思われる。要するに、サーバに関しては「あとは待つだけ」という段階まで来ている。

Photo06:これはTSMCの7nmに向けてarmが提供するPhisical IPとPOP IPの一覧。7nm世代のプロセッサはNext Genを含む3種類がメインになる訳だ

同じように仕込みが終わったとみられるのがECU向けである。ここは例えばNXP(旧Freescale)のPowerPCベース、InfineonのTriCoreベース、あるいはルネサス エレクトロニクスのRH850ベースといった非armベースのECU向けMCUがまだまだシェアが多い分野であるが、今回のTechCon開催直前の10月20日にデンソーがCortex-R52の採用を決めるなど、水面下での動きは色々ある。これはもちろん正式な発表ではないのだが、すでに主要なEUC向けMCUのベンダはほぼCortex-R系の採用を決めた(もちろん従来の製品も引き続き提供する)ようだ。理由はMCUの時と同じく、顧客(=自動車メーカーやTier 1ベンダ)から「armベースの製品が欲しい」と言われたためだそうで、こちらはサーバよりもう少し(~5年程度)置き換えには時間が掛かるかもしれないが、やはり「あとは待つだけ」の状態に近くなったらしい。

そんな訳で、これまで懸案事項だったマーケットを攻略する目安が立った訳だから、そうした喜びが溢れる基調講演になるのかと思ったら、初日と2日目の基調講演はまるで何かの危機感に襲われているかの様に、特にセキュリティを中心に同社のIoT戦略をひたすら熱く語る、というちょっと予想外のものになった。