民間月面探査チーム「HAKUTO」は11月8日、開発している月面ローバー「SORATO」の打ち上げを、当初予定の12月28日から延期することを明らかにした。新たな打ち上げ日は未定だが、制約条件などを考慮し、今後決定する。月面レース「Google Lunar XPRIZE」(GLXP)では、2018年3月末までのミッション達成が求められており、これを目指す。

月面ローバー「SORATO」を囲んで談笑するHAKUTOとGLXPの関係者

打ち上げを延期した理由

各チームのミッションが実現可能かどうか評価するGLXPの審査団が来日。ミッションプラン審査会が開催されたのを受け、HAKUTOと合同で記者会見に臨んだ。打ち上げ日の延期は、この席上で明らかにされた。

GLXPの期限は、年初の段階では「2017年末までに打ち上げを実施(ミッション達成は2018年に延びても構わない)」となっていたが、8月に「2018年3月末までにミッションを達成」と修正されていた。HAKUTOの袴田武史代表によれば、「ミッションの成功確率を可能な限り上げるため」に、当初の予定に固執せず、延期することを決めたそうだ。

ただ、これにはロケット側の事情もあった。SORATOはインドのPSLVロケットで打ち上げられる予定だが、同機は8月末の打ち上げでフェアリングの分離に失敗するという重大事故を起こしており、原因究明と対策が進められていた。事故後の打ち上げはまだ再開されておらず、袴田代表も「影響がまったく無かったとは言えない」と認める。

HAKUTO側の出席者。右から、代表の袴田武史氏、技術責任者の吉田和哉氏、チーフエンジニアのJohn Walker氏、通信と画像処理を担当しているKDDI総合研究所の柳原広昌氏

新たな打ち上げ日は、現在、SORATOの相乗り先であるインドのTeamIndusがロケット側と協議しているところで、現時点でまだ決まっていないという。月面には月面の"朝"に着陸する必要があり、そういった制約条件から決定されることになるだろう。

GLXPはこれまで、度々期限が延期されてきたが、GLXPプライズリードのChanda Gonzales-Mowrer氏は「これが最終の期限になる」と明言、もしミッションを達成するチームが無かったときでも、もう延長はしないという見通しを示した。いよいよ、10年間にわたって続けられてきたGLXPの結果が決まることになりそうだ。

左から、GLXPプライズリードのChanda Gonzales-Mowrer氏、審査員のElisabeth Morse氏、同Derek Lang氏

SORATOの走行ルートが発表

なお今回の記者会見では、SORATOが月面に到達してからのミッションに関し、詳細が公開された。

まず最初に行うことは、ローバーの切り離しだ。SORATOはTeamIndusのランダー「HHK」の底面に吊り下げられているので、コマンドを送ってフランジボルトを作動。接続部分から分離し、SORATOは自由落下で月面に着陸する。飛行中、SORATOの電源はオフになっていたが、分離と同時にオンになるので、テレメトリを確認する。

SORATOの取り付け場所。これはHHKを横から見た図になる

普通だとここでシステムチェックを行うところだが、SORATOはHHKの北側に降ろされるため、日光が当たらない。これだと発電ができないため、最低限の機能を確認してすぐ、HHKから離れ、日なたに出る。システムチェックはその後だ。

HHKを上から見た図。SORATOは北側。TeamIndusのローバーは反対側

ここからがGLXPのミッションになる。GLXPでは、月面着陸後と500m走行後に、「ムーンキャスト」と呼ばれるデータパッケージを送信する必要がある。これには、8分間のHD動画や、360度のパノラマ画像などが含まれ、データの取得に2~3時間、そしてデータの送信にも2~3時間かかるそうだ。

ミッションの達成には500m以上の走行が求められるが、SORATOはランダー経由で地球と通信を行うため、ランダーから離れすぎると通信が途絶する危険性がある。そのため、以下の写真のように、途中で折り返し、あまり離れないような走行ルートを取る。側面で太陽光を受け、発電しながら走行できることも配慮されている。

SORATOはこのように2回ターンして500mを走行する(×が着陸地点)

なおランダーと通信可能な距離は、理想状態だと最大725m程度だが、地面の凹凸などを考慮すると513m程度になると見られているそうだ。これからすると500mくらい離れても良さそうだが、実際にどのくらいまで通信できるかは、月面に行ってみないと分からない。リスクは避けるべきだろう。

500m走行後にムーンキャストを送信し、ミッションを達成したあとは、ボーナス賞の獲得に挑戦する。GLXPのボーナス賞はいくつかあるが、HAKUTOが挑戦するのは長距離走行。5km走行する必要があるため、250m移動しては折り返し、花びらのようなパターンを描くことになるようだ。

長距離走行のボーナス賞に挑む。走行ルートは花びらパターンに

SORATOはどう変わった?

記者会見でローバーに関する新情報はあまり出てこなかったのだが、相乗り先が米国のAstroboticからTeamIndusに変わったことで、従来のフライトモデルからの変更がいくつかあるようだ(名称がややこしいので、従来のフライトモデルをFM1、最終型のフライトモデルをFM2とする。FM1のデザインは、2016年8月に発表されていた)。

まずはアンテナ。FM1では、ローバーの天板にそのまま固定されていたが、FM2では展開式になり、アンテナの位置を従来より40cm高くする。これで、地面からの影響を受けにくくし、通信距離を伸ばすという。なお通信に用いる周波数は2.4GHz帯のみで、900MHz帯は使わないことになった。

ランダー側には、SORATO専用の通信アンテナを搭載する。このアンテナはHAKUTO側で開発し、TeamIndusに提供するとのこと。確実に通信を行うためには、その方が安心だろう。

ランダーのアンテナ位置(赤丸)。SORATOの方向(右側)に指向性が出ている

そして着陸地点が北緯45度の「死の湖」から北緯33度の「雨の海」に変わったことで、熱環境は厳しくなる。放熱能力を上げる必要があったため、FM2のボディは、FM1の上側3分の1をカットしたような形になるそうだ。SORATOは天板が放熱面。これで天板の面積が増えるので、放熱能力も向上するというわけだ。

現在はFM2を製造中で、12月にインドへ輸送。それでハードウェアの開発は完了し、その後は運用方法の改善や、オペレータのトレーニングなどに重点を移す。SORATOの管制室はインドに設置。ミッションマネージャ、システムマネージャ、パイロット、コパイロットの4人が1チームとなり、交代でSORATOの24時間運用に当たることになる。

SORATOの運用システム。TeamIndusの設備を経由して通信を行う

運用画面も公開された。中央には準リアルタイムの映像が表示される