シンガポールに登記上の本社を置く大手半導体サプライヤBroadcomが、スマートフォン用アプリケーションプロセッサおよびSoC大手の米Qualcommを1000億ドル(約11兆円)規模の巨額を投じて買収することを検討していると米国経済メディアであるBloombergをはじめとした複数のメディアが11月3日夜から5日かけて伝えている。ただし、BroadcomもQualcommもこの件について一切の公式コメントを出しておらず、11月5日(米国時間)の時点では何も発表されていない。

半導体業界のM&A総額が3年連続1000億ドル規模となる可能性が浮上

市場調査会社はじめ半導体業界の関係者の多くは、半導体産業界において2015年、2016年と2年連続で総額1000億ドル(約10兆円)規模の大型買収案件が続いたこと、ならびに2017年上半期のM&Aが少額だったことから、業界における大型買収は一段落したと見ていただけに、今回の報道に業界関係者は驚きを隠せないようだ。これが本当に年内に公式な形で発表されたとすると、半導体業界がM&Aに費やした額は3年連続で1000億ドル規模となるためだ。

BroadcommはQualcommのどこに目を付けたのか?

2016年にNXP Semiconductorsの買収を発表し、順風満帆に見えたQualcommだが、現在はAppleとの間で互いに訴訟合戦を繰り広げており、これに伴い、裁判終了までAppleがQualcommへの支払いを保留するといった話が出ていたり、NXP買収に関し、EUや中国での審査が長引いており、年内に許可が下りる見込みが立っていない、などのさまざまな方向から逆風にさらされる状況になっており、そこに企業買収により業績を伸ばしてきたやり手のBroadcomが目を付けたのではないかと推測される。

現在のBroadcomは、登記上の本社がシンガポールにあるという前述のとおり、もともとAvago Technologiesが旧Broadcomを370億ドルで買収し、買収された側の名を新社名に採用したものである。ちなみにAvagoの前身は、HPの半導体や計測機器部門などが分社化してできたAgilent Technologiesであり、同社から分離後、LSI(Agere SystemsとLSI Logicが合併して誕生)を買収するなどして事業規模を拡大してきた慶がある。Broadcomは、東芝メモリの買収にも応札しており、その買収意欲が高いことがうかがえる。

Broadcomが本社をシンガポールから米国へ移転

トランプ米大統領はTiwtter上で、冒頭のBroadcomによるQualcomm買収検討の情報が米国で流れる前日の11月2日に、Broadcomの社長兼CEOであるHock Tan氏がワシントンD.C.のホワイトハウスへ訪問したこと、ならびにそこで、Tan氏がBroadocomの本社を米国に戻す(Broadcomは元々米国企業)ことを発言していた。また、この米国への移転で、年間200億ドルの収入が米国に移ることや、年間30億ドル超の米国での研究開発、ならびに年間60億ドルの製造に向けた投資を行うことも発言している。

Broadcomが、このタイミングで登記上の本社をシンガポールから米国に移すのは、Qualcomm買収に際して、シンガポール企業のままだと、米国政府の対米外国投資委員会(CFIUS)の審査が必要になり、これを回避するためという憶測が米国の半導体業界関係者の間ではささやかれている。2017年9月にCFIUSの助言を受けたトランプ米大統領が、大統領令を発令し、中国資本によるLattice Semiconductorの買収を阻止したことは記憶に新しいが、トランプ政権になって、CFIUSの審査はますますきびしく、長期化する傾向にあるという。

なお、トランプ大統領のTwitter上に記載がないが、Tan氏は米国内の雇用創出にも貢献することを約束している。Tan氏は、CFIUS審査を回避する布石を打っただけではなく、本社の米国回帰が米国の国益に合致することをアピールしてQualcommの買収を有利に展開しようとしているように思われる。