【レポート】

東急世田谷線がねこだらけ! 招き猫電車でねこをテーマに沿線散歩

1 玉電が東急世田谷線になるまで--招き猫電車は車内も猫々しい

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東急世田谷線の前身で、「玉電」の名で親しまれた玉川線(玉川電鉄)。東急電鉄はこのほど、玉川線開通110周年を記念して、「玉電開通110周年記念イベント」を実施しており、その一環として、「玉電110周年記念 幸福の招き猫電車(以下、招き猫電車)」を9月25日~2018年3月末予定で運行している。今回は招き猫電車に乗って、猫をテーマに世田谷線沿線を散歩してみよう。

招き猫電車は、いわゆる"ラッピング電車"だ。車両前面には猫の顔、側面には「玉電110周年 幸福の招き猫」という文字とともに、招き猫の絵が描かれている

都市開発の中で名前が消滅した玉電

世田谷線は、東急田園都市線の三軒茶屋駅から京王線と交わる下高井戸駅までの5kmを約17分で結ぶ路線だ。前身となる玉川線は、明治40(1907)年に渋谷駅と玉川駅(現・二子玉川駅)間が開通した。現在の世田谷線は玉川線の支線のひとつで、大正14(1925)年に開通し、その後昭和13(1938)年に、玉川電鉄は東急電鉄の前身である東横電鉄に吸収合併される。

戦後の昭和44(1969)年、玉川線は首都高渋谷線の建設、地下を走る新線計画浮上などにより廃止となり、これに伴い、現在、世田谷線となっている三軒茶屋~下高井戸を除き、砧(きぬた)線など旧玉川電鉄の路線は、全て廃止になった。玉川線の名は、昭和52(1977)年に開通した、地下を通る新玉川線に継承されたが、2000年以降、新玉川線が田園都市線の一部に組み込まれたため、玉川線の名は消滅した。

その中で唯一残った世田谷線は専用軌道を走っていたため、廃止を免れたのだ。現在も世田谷線は、法律上は「軌道線」の扱いだが、全区間で専用軌道内を走り、路面を走行する区間はない。

招き猫電車に乗ってみよう

さて、まずは三軒茶屋駅で、その日の内なら何度でも乗り降りできる一日乗車券「世田谷線散策きっぷ」(330円)を購入してから出発しよう。世田谷線の運賃は、1回乗車ごとに150円(ICカード払いは144円)だから、3回乗車するなら一日乗車券を購入した方がお得な計算だ。

玉電110周年記念 幸福の招き猫電車(写真提供: 東急電鉄)

ホームで待っていると、世田谷線専用の300系車両がやってくる。世田谷線は都電などと同じ線路幅1372mmなので、東急の他の路線と異なり、車両も路面電車のようなミニサイズだ。

東急電鉄広報部によれば、招き猫電車としてラッピングされているのは1編成(2両編成)のみで、通常運行ダイヤに組み込んでの運行となり、毎日運行されるとは限らない。また、運行時刻も毎日確定しているわけではないという。つまり、日によっては招き猫電車が来ないこともあるわけだが、取材に訪れた日は運良く、何本かやりすごすと招き猫電車がやってきた。

ところで、なぜ記念電車が招き猫なのかという疑問を持つ読者も多いだろう。実は、世田谷線沿線にある豪徳寺という寺院は、「招き猫発祥の地」と言われており、ラッピングのデザインに使用しているのは、この豪徳寺の招き猫なのだ。

かわいらしい招き猫型の吊り手(写真提供: 東急電鉄)

車内に入ると、これまたかわいらしいデザインが待ち受けている。床にはピンク色の猫の足跡が施され、吊り手は"招き猫型"になっており、招き猫の耳と手があしらわれている。これなら、座らずにあえて立ったまま乗車するのも楽しいかもしれない。

車内には、ピンク色の猫の足跡が

環七と交差する驚きの踏切と松陰神社

さて、世田谷線は全体的に駅間の距離が短いが、三軒茶屋駅と次の西太子堂駅の間はわずか300mしかなく、これは、同じく世田谷線の世田谷駅~上町駅間、池上線の五反田駅~大崎広小路駅間と並んで、東急線で最も駅間距離が短い区間だという。ちなみに、"太子堂"の名前の元になった聖徳太子をまつる円泉寺へは、西太子堂駅よりもむしろ、三軒茶屋駅からのほうが近いのがややこしい。

今回は西太子堂駅では降りず、次の若林駅で下車してみよう。この駅のそばでは、ちょっと珍しいものを目にすることができる。

若林駅のすぐ手前の若林踏切で、世田谷線は環七通りと交差するが、この踏切は交通量がかなり多いにも関わらず、なんと警報器も遮断機もないのだ。どのように制御しているかと言えば、電車の信号と道路の信号が連動しており、道路の信号が「青」になっている時は、電車の信号が「×(停止)」になり、電車の側が止まらなければならない。

環七と交差する若林踏切には、警報器も遮断機もない

実は、昔は遮断機のある普通の踏切だったのだが、環七の交通量が爆発的に増えたため、昭和47(1972)年に現在の形式に変更されたという。信号があるとは言え、やはり危険があるため、たとえ信号が「↑(進行)」になっていたとしても、電車はゆっくりと様子をうかがいながら踏切内に進入する。ちなみに、著者自身は実際に環七を全て車で走行して確認したわけではないが、この踏切は「環七道路で唯一の踏切」(『東急電鉄各駅停車』藤原浩著)だという。

若林駅の次の松陰神社前駅に移動し、駅から商店街を歩いていくと、幕末の思想家で明治維新に多大な影響を与えた吉田松陰(しょういん)をまつる「松陰神社」がある。境内には、松陰が高杉晋作や山縣有朋、伊藤博文らの門下生たちに講義を行った「松下村塾(しょうかそんじゅく)」の建物が再現されており、平日は雨戸が閉ざされているが、土日祝日は雨戸が開放される。

吉田松陰をまつる松陰神社

また、松陰神社と周辺の商店街では、秋に「幕末維新祭り」が行われ、2017年で26回目を迎えるという。2017年は10月28~29日に開催され、幕末の志士+奇兵隊パレードや幕末野外劇、萩と会津の観光物産展なども行われるそうだ。

なぜ招き猫発祥の地なのか

松陰神社前駅を出発した電車は、世田谷駅、上町駅、宮の坂駅の順に停車する。今度は宮の坂駅で下車してみよう。ホームに降り立つと、駅に隣接して保存されている、緑色に塗装された古い車両が目に入る。この車両はもともと玉電で走っていた車両で、昭和44(1969)年の玉川線廃止後に神奈川県の江ノ電に移籍して、600形として活躍し、平成2(1990)年に江ノ電を引退後、故郷の玉川線沿線に戻ってきて展示車両となったのだ。

宮の坂駅に隣接して展示されている車両。車内に入ると、昔懐かしい木の床や緑色のシートなどがそのままに保存されており、"昭和レトロ"を味わえる

このまま踏切を渡り、通りを歩いて豪徳寺に向かうことにしよう。ちょっと紛らわしいのだが、世田谷線の駅で小田急線の「豪徳寺駅」と連絡しているのは山下駅だ。しかし、「豪徳寺」の寺院自体に最も近い世田谷線の駅は、宮の坂駅になる。こういったことも、駅間の距離が短い世田谷線ならではということになろうか。

さて、なぜ豪徳寺が招き猫発祥の地と言われているのか。豪徳寺の受付でもらえる「招福猫児(まねきねこ)の由来」に記載されているので、これを要約して紹介しよう。

豪徳寺の招き猫と絵馬

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インデックス

目次
(1) 玉電が東急世田谷線になるまで--招き猫電車は車内も猫々しい
(2) 豪徳寺が招き猫発祥の地とされるわけ--ねこ散歩の最後はねこ土産を
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