Googleは10月13日、「現場で使える機械学習」をテーマとした勉強会を開催。第1回目となる今回は、LCC(格安航空会社)であるPeach Aviation(Peach) イノベーション統括部 部長の前野純氏が、同社で進めているAIの活用事例について紹介してくれた。

Peachの前野純氏

2012年3月に関西空港を拠点として定期便の運航を開始したPeachは、2017年10月現在、国内14路線、国際15路線を保有し、1日に最大で100便以上運航する航空会社に成長。今後3年で現在保有している航空機を19機から35機まで増やし、さらなる事業拡大を目指すという。

前野氏は「この先の事業拡大を目指すにあたって、飛行機の数に比例して社員数を増やすのではなく、少ない人員でたくさんの仕事をする企業体質にしていきたいと考えています。そうすると、足りない部分をAIなどのインテリジェントなソリューションで補わなければなりません。また、コンタクトセンターなどに費用をかけてしまうと運賃を上げざるを得なくなってしまうため、それも避ける必要がありました」と、人工知能(AI)を活用する背景を語る。

同社のコンタクトセンターの営業時間は平日の9時~18時。しかし、6時や7時など早朝のフライトも少なくない。そこで同社は「今日は平常通り運航しているのか」「関西空港から新千歳空港までいくらか」といった単純な質問にAIで対応できるように、ICTソリューション事業を展開するJSOLと共同で、2016年8月から約2カ月間、Googleの機械学習サービスの1つである「Google Cloud Speech API」を活用して、電話による自動音声対応システムの実証実験を行った。

2つのAIツールが業務上の不便さを解消

自動応答コンタクトセンターの実証実験を通して「Speech APIの高い音声認識率と、学習データが不要で多言語展開も容易であるというAPIのメリットを確認することができました」と、前野氏は振り返る。そして同社は、実証実験後も引き続きAIを活用したサービスを開発。今回の勉強会では、2つのデモンストレーションを披露してくれた。

まずはSpeech APIを使った「翻訳ツール」だ。前野氏がマイクに向かって話すと、内容が日本語と英語でブラウザ上に表示されていくというもので、ほぼ話した通りに音声を認識し、同時に翻訳結果まで表示していた。

「最近、外国人や聴覚障害のメンバーがチームに入ってきたのですが、翻訳内容を文字化してくれるので非常に便利です。たまにおかしな文章になってしまいますが、それはご愛敬(笑)。社内の歓送迎会や、CEOのあいさつといったシーンで使う分には全く問題ないでしょう」と、前野氏。

翻訳ツールデモの様子

続いて前野氏は「AI電話番」のデモンストレーションを実施した。固定回線の番号に電話をかけると、自動応答システムによって「発信音の後に、お話になりたいメンバーの名前をおっしゃってください」というアナウンスが流れるようになっており、名前を伝えるとその人のスマートフォンに電話が転送される仕組みになっている。デモンストレーションでは発信音の後に「まえの」と話すと、すぐに前野氏の携帯が着信していた。

AI電話番の仕組みイメージ

「企業の拡大に伴い、社員数も1000人規模になりましたが、オフィスは未だにフリーアドレスです。毎日違う部署の人が隣に座るので現場の声を直接聞くことができ、システム改善のアイデアなどが生まれるメリットはあるのですが、誰がどこにいるのかわからないため、外線の取次ぎが困難であるというデメリットもありました」

AI電話番は、カスタマイズが可能な機械学習用ソフトウェアのTensorFlowによって、人名に特化して判定してくれるようになっている。IP電話であるPBXをGoogle Cloud Platform上に構築することで、コストを抑えることもできたという。

「ただし、同姓を判断することができないことが弱点です(笑)。現在は部門で試験的に運用しているのですが、今後、部門内に同姓がいる場合どうすべきか検討中ですね。ニックネームにするか、数字にするか……」

"片手間"で"おもろい"AIを作る

AIを活用しながら業務改善を進めるPeach。この先はどのような活用をしてくのだろうか。

「我々は"片手間でできるAI"をテーマに、開発を進めていければと考えています」と、前野氏。

実際に翻訳ツールの作成に要した期間は1~2カ月程度。AI電話番も1人の担当が業務の10~20%程度の負担で作成したという。

「我々のような小さな会社は、大企業のような開発投資はできません。そのために基本的にはAPIを使ってコストを抑えつつ、対応できないものに関して自社で作成していくスタイルでいきたいですね。そして、できるだけ負荷はかけずに、小さいけど"あると助かる"というソリューションで業務改善を進め、少人数でたくさんの仕事ができるような会社にしたいと考えています」

さらに、もう1つ大事なコンセプトがあると前野氏は説明する。

「はやい・やすい・"おもろい"ということを大切にしています」

早く、そして安く作ることができる企業は、そう珍しいものではない。そのため他社と差別化するためには、"おもろい"ことが重要なのだという。

「CEOからも、なんかおもろいことをやれと言われています。チェックイン機を段ボールで作成する取り組みを実施したこともありましたね」と、前野氏は笑いながら振り返る。

世界的に見ると後発のLCCであるPeachがさらなる飛躍を遂げるためには、他にはない魅力が求められる。失敗を恐れずにトライアンドエラーを繰り返し、"おもろい"ことをしようとする同社のスピリットは、魅力的なイノベーションを生み出す源泉になるだろう。