島本理生による恋愛小説『ナラタージュ』が、松本潤×有村架純によって映画化され、公開を10月7日に控えている。松本演じる葉山と、有村演じる泉が、教師と元生徒という関係を越えて恋に……というあらすじからはロマンティックな展開を予想させるが、実際は非常に曖昧とした関係の中のもどかしさ、恋愛の勝手さがじっとりとにじみ出る大人の恋愛物語だ。

メガホンをとった行定監督は、同作を映画化するのに10年間待ったという。少女漫画原作映画が人気を得る中で、あえて「恋愛の息苦しさを表現したい」という行定監督が、同作に込めた思いを聞いた。

■行定勲
1968年生まれ、熊本県出身。長編第一作『ひまわり』(00)が第5回釜山国際映画祭の国際批評家連盟賞を受賞し、演出力のある新鋭として期待を集める。『GO』(01)では、日本アカデミー賞最優秀監督賞をはじめ国内外の50の賞に輝き、『世界の中心で、愛をさけぶ』(04)が観客動員620万人、興行収入85億円、同年実写映画1位の大ヒットを記録。10年には『パレード』が第60回ベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞。公開待機作は岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』(2018年公開予定)。初のエッセイ集「きょうも映画作りつづく」が発売中。

奇跡的なキャストがそろった

――『ナラタージュ』について、ずっと映像化したいとのことですが、そう思っていたのはどうしてですか?

10年以上前に企画をいただいたのですが、その頃『世界の中心で、愛をさけぶ』が僕の代表作で、純愛映画を望まれている時期に、むしろ恋愛の息苦しさを表せる作品だと思ったんです。恋愛の曖昧さを題材にするのは、僕の好きな日本映画の真骨頂だし、ぜひと思ったんですが、キャストが上手く定まらず……。

なかなかキャストが決められない中で、日本映画も少女漫画原作映画全盛の時代になり、更に作りづらくなってきました。ただ、映画って、作られてない時にこそ必要だと思える作品があると思うんですよ。『世界の中心で、愛をさけぶ』のときも、純愛なんで求められてなかったし、見向きもされていなかった。世紀末を迎えて、陰惨な物語やモラトリアムな物語が多い中、純愛を信じてみようというところからできた作品だったんですが、そうすると「純愛ブーム」と言われて(笑)。そこに乗っかったほうが経済的には潤うんでしょうけど、天邪鬼な人間なので。

――いろいろ映画を撮られつつも、この企画は並行して進められていたんですね。

ことあるごとに周囲にシナリオを見せて、好評ではあるんですけど「いまの時代、こういう作品はあたらないかもしれない」という判断がありました。シチュエーションとしては王道の教師と生徒という面もあるから、少女漫画原作映画全盛の時代ならいけるんじゃ、と思いましたが、やっぱり内情は全然違ったってことかもしれませんね。

逆に言えば、これは映画的な作品になるんじゃないかと、手応えはありました。プロデューサーはやっぱり、映画どっぷりのものになっていると、回避しようとしますから。特に大きく構えるときは、なるべくわかりやすく盛り上げて、みんながついてこれるような作品にする。もしくは、非常に仲間内で「俺たちのセンスはこれだ!」と言えるような作品ですよね。

――ちょっと皮肉が(笑)。ポップな作品をよく観るなかで、久しぶりにずっしりとした恋愛映画を観たなと思いました。

昔、僕が少女漫画原作の企画を持っていった時は、見向きもされてなかったんですよ! なのに今、あのころぜひやりたかった漫画家さんの作品もガンガン映画化されていて!(笑) 不思議なもので、観客が実は映画を生み出しているんですよね。だけど観客も麻痺していくから、何を観たらいいのかわからなくなっていく。だから僕らはあえて、昔はあったけど今にないものを出したいんです。ただ、商業的に成功するかどうか見極められないから、実現するまでに10年もかかってしまいました。

今回実現できたのは、奇跡的にも松本潤くんが「やる」と言ってくれたことが大きいです。それから、まだ10年前に存在していなかった有村架純さんが今輝いていて、彼女もやりたいと言ってくれたこと。そして坂口健太郎くんがいたこと。今作られるべきだから、10年間作れなかったんでしょうね。これまで企画にあがっていたキャストをイメージしても、圧倒的に今の形が良いと思います。必然というものが、あるんだと思います。