三菱重工は2017年9月12日、英国の衛星通信会社インマルサットから、同社の次世代通信衛星「インマルサット6 F1」の打ち上げを受注したと発表した。2020年にH-IIAロケットで打ち上げを予定しているという。

三菱重工にとって、海外顧客からの衛星打ち上げ受注は今回で5件目。とくにインマルサットは世界的な大手衛星通信会社であり、そこから認められたという点でも、そして将来につながる実績ができるという点でも、今回の受注獲得は大きな白星となった。

しかし、これからも商業打ち上げ市場で安定して受注を取り続けるためには、まだ険しい道が待つ。

H-IIAロケット (C) MHI

今回受注したインマルサットの次世代通信衛星「インマルサット6 F1」の想像図 (C) Inmarsat

インマルサットの次世代衛星「インマルサット6」

インマルサット6 F1(Inmarsat-6 F1)は、インマルサットにとって6世代目となる通信衛星で、従来から続くLバンドの周波数帯を使った移動体向け通信サービスと、2015年から始まったKaバンドを使った高速・大容量通信サービス「グローバル・エクスプレス」(Global Xpress)を、さらに向上させることを目的としている。

衛星は現在、欧州の航空宇宙メーカーであるエアバス・ディフェンス&スペースが製造中で、Lバンドの通信を担う直径9mもの巨大なアンテナが特徴的で、また打ち上げ後に静止軌道に乗り移るためのエンジンや、静止軌道で自身の位置を維持し続けるためのエンジンに、すべて電気推進エンジンを使った「オール電化衛星」であることも特徴である。設計寿命は約15年が予定されている。

衛星の寸法や打ち上げ時の質量は明らかにされていないが、オール電化衛星であるため、同社のこれまでのハイエンド衛星よりもやや軽い4~5トン程度になると考えられる。打ち上げに使うロケットの構成、投入軌道などもまだ明らかになっていない。

インマルサット6は現在2機の製造が決まっており、今回三菱重工が受注したのは、その1号機であるインマルサット6 F1の打ち上げとなる。契約額は不明。

今回の契約について、インマルサットのルパート・パースCEOは、「インマルサット6 F1衛星の打ち上げに、三菱重工とH-IIAロケットを選定したことを喜ばしく思います。当社の戦略において、打ち上げ輸送事業者との協業体制はとくに重要であり、その協業関係を拡充、多様化できるよう常に努力をしています。三菱重工はH-IIAロケットを用いて、世界水準の打ち上げ輸送サービスを提供してくれると信じています」と期待を語っている。

インマルサットの次世代通信衛星「インマルサット6 F1」の想像図 (C) Inmarsat

打ち上げ契約の調印式の様子。インマルサットのルパート・パースCEO(左)、三菱重工の渥美正博 宇宙事業部長(右) (C) MHI

三菱重工が受注できた要因は?

今回、三菱重工とH-IIAがインマルサット F1の打ち上げを受注できたことは大きく、商業打ち上げ市場に食い込むため、着実に前へ進んでいることを示している。

インマルサットは英国ロンドンに本拠地を置く世界的な衛星通信会社で、前身の国際海事衛星機構から数えると、1979年の設立以来40年近い実績をもつ老舗であり、商業打ち上げの酸いも甘いもかみ分け、ロケットを選ぶノウハウにも長けている。また世界には、欧州アリアンスペースの「アリアン5」や、米国スペースXの「ファルコン9」、ロシアの「プロトンM」など、H-IIAよりも実績や価格面で優位に立つロケットがいくつもあり、こうした中で、H-IIAが選ばれたことの意味はひじょうに大きい。

三菱重工・宇宙事業部長の渥美正博氏は、今回の契約獲得について「これまで当社が大切にしてきた高い信頼性とオンタイム(定刻)打ち上げの実績、さらにそれを支える技術力が高く評価されたものと理解しています」と分析している。

通信衛星は、政府系機関や企業、住宅といった顧客に通信サービスを提供する関係上、サービスの開始時期が遅れたり、通信が途絶えたりすることは許されない。そのため、打ち上げが成功することは当然ながら、決められたスケジュールの中できっかり打ち上がるかどうかも重要視する。

その点、H-IIAロケットは、打ち上げ成功率は約97.6%と高く、また2005年以降は35回連続成功しており、さらに高い「オンタイム打ち上げ」率ももっている。

オンタイム打ち上げとは、天候以外の理由で延期することなく、打ち上げ日当日の打ち上げ可能な時間帯(ローンチ・ウィンドウ)の中で打ち上げることをいう。ロケットの打ち上げにはあらかじめ数日~1か月ほどの打ち上げ期間が設定されているが、H-IIAはその初日にきっかりと打ち上げられる率が高く、近年では90%を超える高いオンタイム打ち上げ率を誇る。また2011年8月の19号機でトラブルによる延期があって以来、次の20号機から今年の34号機までは、15機連続でオンタイム打ち上げが続くなど、高い実績を残している。

一方アリアン5は、打ち上げ成功率は高いものの、オンタイム打ち上げ率は70%台とH-IIAよりやや低い。また今年初めには、南米仏領ギアナにあるギアナ宇宙センターがストライキで閉鎖され、1か月以上にわたって打ち上げができない状況が続くという問題も起きた。ファルコン9は価格面でH-IIAなど他のロケットを圧倒するが、打ち上げ成功率やオンタイム打ち上げ率では引けを取っている。プロトンMも安価ではあるものの、近年は打ち上げ成功率が低い。

もっとも、アリアン5はオンタイム打ち上げ率こそやや低いものの、あらかじめ設定されている打ち上げ期間の中でしっかりと打ち上げをこなしており、衛星通信会社のサービス開始には影響を出しておらず、その信頼は厚い。ファルコン9の成功率もオンタイム打ち上げ率も、徐々に向上しつつある。

その中であえてH-IIAが選ばれたのには、アリアン5やファルコン9の打ち上げ予定が溜まっており、インマルサットが希望する時期の打ち上げが難しかったという事情があった可能性もある。またあえて従来とは異なるロケットを使うことで、打ち上げ失敗で衛星を失ったり、飛行停止により打ち上げができなくなるといったリスクを最小限に抑えたい、またH-IIAや三菱重工を"育てる"ことで、打ち上げ手段の選択肢を増やしたり、価格・技術競争によってロケット業界を活性化させたいといった意図もあるのかもしれない。

H-IIAロケット (C) MHI

H-IIAにとってライバルとなる、欧州のアリアンスペースが運用する「アリアン5」ロケット (C) ESA