iPhone 8シリーズがiPhone 7シリーズの後継という位置づけであるのに対して、iPhone Xは「スマートフォンの未来」を考え、次の10年の道を切り開く製品として開発された。新しいiPhoneのラインナップにおける最上位モデルというよりも、iPad ProとiPadの関係に近い。先進的な技術・機能を取り入れて、新たにデザインした新世代のiPhoneである。

「スマートフォンの未来」を見据えて開発した「iPhone X」、先進的だが、初代iPhone同様、「未来を手にする」というよりも「未来に進む」ためのiPhone

iPhoneで初めてOLEDを採用、OLEDは「コントラスト」「解像度」「薄さ」に優れるが、「輝度」「色域」「色精度」などがトレードオフになっていた。そうした弱点が克服されてiPhoneの基準を満たしたため採用に踏み切った

SoCは、iPhone 8シリーズと同じA11 Bionic。OLEDディスプレイを搭載するが、目立つ違いは前面上部に並ぶカメラ群 (TrueDepthカメラ)とホームボタンがないこと。未来と呼ぶほどの違いではないと思うかもしれないが、iPhoneはオリジナルモデルからホームボタンを中心にユーザーインタフェースが設計されていた。Androidのようにホームボタンをソフトウエア・ボタンに置き換えたのではなく、iPhone Xでは完全にホームボタンを廃しており、iPhoneの使い方の刷新に等しい。

Touch ID同様、Face IDでもセットアップに従って簡単に顔を登録できる

もちろん刷新するからには、これまでよりも簡単で便利に使えるものにしなければならない。例えば、スリープ状態のiPhone Xを手に取って画面に顔を向けたら、それだけで顔認識機能「Face ID」でユーザー認証が完了してホーム画面が開く。シンプルである。しかし、そのシンプルなユーザー体験の背後では実に複雑な処理が行われている。TrueDepthカメラは、7メガピクセルカメラ (F2.2)、赤外線カメラ、ドットプロジェクタ、投稿イルミネータで構成される。ユーザーが画面をのぞき込んだ時に顔を検出したデータは、6000億/秒のオペレーションをこなすA11のニューラルエンジンでリアルタイムに処理される。

TrueDepthカメラ、カメラの他にもマイクやスピーカーなどがところ狭しと並ぶ

ホームボタンと共にTouch IDも無くすなら、Face IDにはTouch IDと同等以上のセキュリティが求められる。TrueDepthカメラが30,000以上のドットを投射して作成するユーザーの顔の深度マップは非常に精微で、Touch IDが1/50,000の確率で誰かの指紋でアンロックされる可能性があるのに対して、Face IDの誤認識率は1/1,000,000である。

写真やマスクの偽装も見抜くFace ID、開発では精巧なマスクを作成してテストを重ねた

iPhone Xでは前面のTrueDepthカメラでもポートレートモードの撮影が可能で、また「アニ文字」という顔認識機能を用いてアニメーション絵文字を作成するユニークな機能が用意されている。ただ、今のところ、この高精度な顔認識や空間認識を活用してできることは多くはない。可能性は大きい。だが、新しいジェスチャー操作、ARも含め、初代iPhoneがそうであったように、今はまだ開発者やユーザーにAppleが考える未来を示している段階に過ぎない。

ユーザーの顔の動きや表情で絵文字のアニメーションを作る「アニ文字」、これだけ精微に顔の動きや深度が測られるなら、顔ジェスチャーや読唇による操作も可能になるかもしれない。今は声を出しにくい場所だとSiriに操作を頼めないが、表情や口の動きだけで操作できるならいつでもSiriを利用できる

Snapchatのマスク。顔にぴったりと張り付いているように違和感がない

そして、もう1つ。今回のイベントでほとんど目立たなかったが、未来のスマートフォンを支える重要な存在がある。機械学習だ。目立たなかったのはAppleが努めてアピールしなかったからだ。

人工知能 (AI)分野でAppleはGoogleやMicrosoft、Amazonといったライバルに遅れを取っていると言われるが、CVPR 2017でAppleの機械学習に関する論文が最優秀論文に選ばれるなど、めざましい成果を上げている。ただ、Appleが「AI優先」のようにAIをアピールすることはない。人々に必要とされ、深く愛されるものを作るのがAppleだから、それを実現するための技術として機械学習を製品に取り入れる。

それは美しい写真に仕上がるイメージ処理だったり、画面に顔を向けるだけでセキュアにロック解除される仕組みだったり、Apple Pencilで手書きした時に手のひらが誤認識されないパームリジェクションだったり、様々な形で活用されている。多くのユーザーは、その効果に気づかないだろう。「キレイに撮れる」「端末を手にしたらすぐに使える」「普通に描ける」といったシンプルな体験になっているからだ。GUIやマルチタッチと同じように、機械学習でも、技術を誰もが便利に使える形にして提供する。それこそがAppleをAppleたらしめるものなのだ。