ヤフーと新潮社、タクラム・デザイン・エンジニアリング(Takram)は共同で、三島由紀夫賞作家である上田岳弘氏の新作長編「キュー」を、雑誌とウェブで同時連載するプロジェクトをスタートした。「新しい読書体験」の創出を掲げて純文学の新たな境地を模索するプロジェクトだが、果たして「新しい読書体験」は根付くのだろうか。

ブラウザで読む純文学の姿とは

「キュー」は、もともと上田氏がデビュー前から構想を練っていた長編で、心療内科医が人類の進化を巡る闘争に巻き込まれていくというストーリー。AIの進化などでシンギュラリティを目前とする現在において、人類の進化の意味を根底から問うものになるという。

上田岳弘氏は1979年生まれ。2013年に「太陽」で第45回新潮新人賞を受賞しデビュー。2015年に「私の恋人」で三島由紀夫賞を受賞。2016年には「GRANTA」誌のBest of Young Japanese Novelistsに選出されるなど、注目を集めている

上田氏のこれまでの著書。まだ数は少ないが注目度は高い

「キュー」は約600枚(240000字)の長編になる予定で、これを9カ月かけて文芸誌「新潮」に連載する。同時に、「新潮」連載分を分割して、Yahoo! JAPANのスマートフォン版において、毎週火曜日・木曜日の2回更新で、約8パートに分けて掲載する。連載終了後、紙の書籍も発売されるが、Yahoo! JAPANでの連載分はそのまま無料で公開される予定だ(公開終了時期は未定)。ウェブ版のUI/UXのデザインはTakramが担当している。

Yahoo! JAPAN上の連載では、ウェブブラウザー上で縦書きの文字組を再現しつつ、片手で操作しやすい縦スクロールのページ移動、ユーザー操作によって毎回変わる「ジェネレーティブアート」による「動く挿絵」など、従来の紙の誌面では実現できなかった、スマートフォンならではのデザイン性や操作性、読み味を実現しているという。一章を8つ程度にわけて、一度に読める分量を少なめにしているのも、最近の若い読者向けの配慮としては正しいだろう。

スマートフォンの画面ながら美しい縦組みが実現されている。スクロール方向が縦というのは、最初はちょっと違和感があるが、片手での操作性という点では優れている

毎回ランダムに描画されていく「ジェネレーティブアート」。徐々に隠されていた文字が現れていくようになっている

一般に、電子書籍は専用のアプリを使って読むものが多い。その方がレイアウトなどに自由度が高まるほか、フォントや文字サイズを変更できるなど、柔軟性が高いためだ。実際、「キュー」では現状、文字サイズが変更できないため、発表会での質疑応答では読みづらいという指摘があった。それではなぜ「キュー」ではブラウザを採用したか。