太陽系に最も近い恒星「プロキシマ・ケンタウリ」

2016年8月、英国のクイーン・マリー大学などは、太陽系に最も近い恒星である「プロキシマ・ケンタウリ」に、惑星が回っていることを発見したと発表した。

「プロキシマb」と名づけられたこの惑星は、地球よりやや大きな地球型惑星(岩石質の惑星)とみられており、さらに水が液体で存在し得る温度環境の「ハビタブル・ゾーン」の中に位置していると考えられている。実際に水があるのか、またその他の大気や放射線といった環境の状態もわからないものの、生命が存在できる可能性があると考えられている。

はたしてプロキシマbにはどんな世界が広がっているのか。そして生命はいるのか。その謎を解くため、科学者らは今後打ち上げが予定されている宇宙望遠鏡などで観測することを考えている。しかし、本当にこの疑問に終止符を打つためには、実際に行って確かめてみたいというのが誰もが思う本音だろう。

しかし、いくら太陽系に最も近いとはいえ、プロキシマ・ケンタウリとの距離は約4.2光年、キロメートルにすると約39.7兆kmも離れている。人類最速の探査機である「ボイジャー1号」(秒速約17km)をプロキシマbへ向けて打ち上げたとしても到着までには約7万年、現在人類がもつ技術を結集してとにかく速く飛べる探査機を造ったとしても、せいぜい3万年くらいまでにしか短くならない。今から打ち上げても、探査機がプロキシマbに到着し、地球に写真なりデータなりが届くのは私たちの遠い子孫の時代になる。

なんとかして、私たちの世代が生きているうちに、プロキシマbの世界を見ることはできないのだろうか。実は、その実現の鍵を握っているのが、スプライトのようなフェムト、アトサットなのである。

プロキシマ・ケンタウリのまわりを回るプロキシマbの想像図 (C) ESO/M. Kornmesser

プロキシマbの想像図 (C) ESO/M. Kornmesser

光速の20%の速さでアルファ・ケンタウリへ

2015年7月、ロシアの起業家ユーリィ・ミリネル氏や、世界的な物理学者のスティーヴン・ホーキング氏などが中心となり、地球外の知的生命体を探査する団体「ブレイクスルー・イニシアティブ」(Breakthrough Initiatives)が設立された。

当初は、地球外文明から届く(かもしれない)信号を探す計画や、逆に地球からメッセージを送る計画が打ち出されていたが、2016年4月になり、新たにアルファ・ケンタウリへ探査機を送る「ブレイクスルー・スターショット」(Breakthrough Starshot)という計画が発表された。

アルファ・ケンタウリ(ケンタウルス座アルファ星)というのは、プロキシマ・ケンタウリを含む3つの恒星からなる三重連星のことで、この発表当時はまだプロキシマbが発見されていなかったため、アルファ・ケンタウリのどこかの天体を目指すとされていた。現在では、目標はプロキシマbをはじめとするプロキシマ・ケンタウリの惑星系とされている。

ブレイクスルー・スターショットは、打ち上げから約20年後、あるいは彼らの言葉を借りれば「今の世代のうち」に、プロキシマbに到着することを目指している。そのために光速の約20%、秒速にして実に約6万kmものスピードを出す。

はたしてそんなことが可能なのだろうか? そこで重要となるのがフェムト、アトサットの技術である。

ブレイクスルー・スターショットでは、「スターチップ」と呼ばれる数g単位の超々小型探査機が主役となる。このスターチップには1辺4mほどの帆が取り付けられており、そこに地球から強力な光のビームを当てる。そしてその光の圧力によって、スターチップはわずか10分ほどで光速の約20%の速さに達する。

スターチップは1機だけでなく、一度に数千機ほどが打ち上げられ、そのすべてがプロキシマbを目指す。もちろん途中で壊れるものや、進路を外れるものも出てくるだろうが、確率的にはそのうちのいくつかがプロキシマ・ケンタウリにたどり着き、そしてプロキシマbのそばを通過することになる。そしてその瞬間に惑星を撮影し、レーザーを使って地球に送信。そして4年後、その画像が地球に届くことになる。

残念ながら直接赴くことはできないが、少なくとも私たちが生きているうちに、系外惑星を間近で撮影した画像を見ることが叶うかもしれない。

プロキシマ・ケンタウリへ向かうスターチップの想像図 (C) Breakthrough Initiatives

プロキシマbに接近するスターチップの想像図 (C) Breakthrough Initiatives

実現は早くとも20年後、画像が届くのは44年後

もっとも、今回スプライトが衛星として機能することが実証されたからといって、すぐにでもスターチップが実現する、というわけではない。

スターチップを、文字どおり"探査機"として機能させ、意味のある探査を行おうとした場合、その基板の上には最低限、プロキシマbを撮影するカメラ、太陽電池、コンピュータ、そしてレーザー通信装置を載せなければならない。さらにカメラを惑星に向けたり、レーザー通信を地球に向けるための姿勢制御を行う装置も必要になる(現時点では光子スラスタが考えられている)。

しかし前述のように、スプライトには簡単なメッセージを送信する機能しかなく、それが現在の技術の限界でもある。またスターチップに取り付ける帆も、まだその実現に必要なほど軽くて丈夫な素材は発明されていない。さらにそれに当てる強力なビームも、今あるものよりさらに上の技術が必要だと見積もられている。

ただ、近い将来に実現する見込みがないわけではない。たとえば「半導体の集積率は18~24か月で2倍になる」というムーアの法則に従えば、わずか数gながら、カメラもコンピュータも必要なものをすべて積んだ探査機は、そう遠くない未来に造れるようになると考えられる。帆に必要な軽くて丈夫な素材も、ナノテクノロジーの進歩が実現を可能にするだろうし、強力なビームもまた、ムーアの法則やレーザーの高出力化技術の進歩によって、いつかは開発できるようになるだろう。

スターチップの帆に必要な軽くて丈夫な素材も、ナノテクノロジーの進歩が実現を可能にするだろう (C) Breakthrough Initiatives

スターチップを光速の20%にまで加速させるための強力なビームも、ムーアの法則やレーザーの高出力化技術の進歩によって、いつかは開発できるようになるだろう (C) Breakthrough Initiatives

ブレイクスルー・イニシアティブでは、こうした実現に必要な技術が出そろい、実際にスターチップを造って打ち上げられるようになるまで、あと20年はかかると見積もっている。開発に20年、打ち上げから到着まで20年、そして通信が届くまで4年と考えれば、今から最短で44年後、すなわち「今の世代のうち」に、プロキシマbの画像を見ることができる可能性がある。

実際のところ、これから半世紀のうちにブレイクスルー・スターショットが実現する可能性は、スプライトほどに小さなものかもしれない。けれども、ほんのわずかでも可能性があり、実現に向けて情熱を注ぐ人がいる限り、希望が失われることはない。その希望の光が、スターチップを飛ばし、近くて遠い隣の恒星と、そこにある地球に似ているかもしれない惑星の世界を見せてくれる、原動力になることを願いたい。

参考

Breakthrough Initiatives - In Quest to Reach Alpha Centauri, Breakthrough Starshot Launches World’s Smallest Spacecraft
SpacecraftResearch.com - Sprite Spacecraft
Tiny Satellites in Space! - Zac Manchester
Breakthrough Initiatives - Internet Investor and Science Philanthropist Yuri Milner & Physicist Stephen Hawking Announce Breakthrough Starshot Project to Develop 100 Million Mile per Hour Mission to the Stars within a Generation
Breakthrough Initiatives - Starshot

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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