人間のような知能をコンピュータ上に作り上げる「人工知能(AI)」。現在では、さまざまなデータ分析や機械学習などが可能となり、画像認識によるマーケティングや、言葉を理解する自然言語処理を使った自動接客サービスなど、ビジネスでの活用も進んでいる。技術の進化は従来不可能だったことを可能にすることも多く、アイデア次第で思いがけない使い道を生み出すことも少なくない。今回は、画期的なアイデアで、AIをビジネスに取り入れた事例を紹介する。

標準化やマニュアル化だけでは生産性は高まらない

「戦後の日本は作業の標準化などによって、ものづくりの生産性を高めることに成功し、発展してきました。しかし、ナレッジワーカーが多数を占めるようになった現代において、当時と同じことをやるだけでは生産性の向上は望めないでしょう」

そう話すのは日立製作所 研究開発グループ 技師長の矢野和男氏。変化に溢れ、多様性に富んだ現代の日本では、戦後のものづくりを支えた"作業の標準化"や"マニュアル化"は、付加価値を生みにくく、足かせにすらなりかねないと指摘する。

日立製作所 研究開発グループ 技師長の矢野和男氏

「標準化によって最も成功したのが日本ということもあり、マニュアル至上主義のようなものが日本人の頭の中に刷り込まれてしまいました。需要側は変化への柔軟な対応を望んでいるのですが、企業側はプロセスを踏んで、ルールを整備して――と、今もあまり変わっていません。それが日本のGDPが上がらない最大の原因にもなっているのではないでしょうか」

日本のマニュアル主義を一大社会問題であると考えた矢野氏は、ナレッジワーカーの付加価値を生み出すための研究にとりかかった。今から14年ほど前のことだ。

目に見えない動きのパターンと幸せには相関関係がある

矢野氏が着目したのは、人間から得られるリアルなデータ。なかでも"動き"に関する情報だ。

「座っていることの多いオフィスワーカーの動きをデータ化してどうするのか、と思う人もいるでしょう。しかし、自覚できないようなちょっとした動きの中にも特徴的なパターンがあり、さまざまな意味が含まれていることが分かったのです」

そしてもう1つ、矢野氏がナレッジワーカーの成果(アウトカム)を定量化する指標として着目したのが"幸せ(ハピネス)"だった。

「ナレッジワーカーの仕事自体を定量化することは困難でした。そのため、何を高めたいのかというアウトカムについては、人間の本質に根ざしたデータを測ろうと思い、ポジティブサイコロジーという分野においても人間の活動に密接に関連していることがわかっていたハピネスのデータを取得しようと考えたのです」

矢野氏は動きに関するデータを収集するのと同時に、幸せに関するアンケート調査を実施。すると、両者には強い相関関係を確認することができたという。

「体が動いて停止するリズムについて、健全で活性化している、つまりハピネスである状態とそうでない状態にそれぞれ特徴的なパターンがあることがわかりました。その人が属している集団が活性化しているときには、動作と停止の間隔がバランスよくなるのです」と、矢野氏。

そして2015年、試行錯誤の末に、どのような状態のときに組織が活性化するのか分析し、働く人の幸福感向上に役立てるサービスを開発した。

それが名札型ウェアラブルセンサーと人工知能「Hitachi AI Technology/H」である。