今年4月中旬、主に企業の人事部門の方々を対象に、10年後の人事に必要な次世代のデジタル基盤「HRテクノロジー」をテーマにしたイベント「Oracle HCM World」が米国ボストンで開催された。

同イベントでは、有識者による人事関連の最新動向、お客さまによる最新の取り組み、当社のソリューションなどが紹介され、参加者の間では活発な議論が行われた。

オラクルは「Oracle HCM World」を5年以上にわたり毎年開催しており、日本からもお客さまやオラクルのパートナー企業が参加している。昨年は、AI、アナリティクス、ソーシャルやモバイルなど最新テクノロジーが人事領域でも今後積極的に活用されていく、というメッセージが中心だった。今年はそれらの技術が実装されたサービスの紹介や実際に導入しているお客さまの取り組みが紹介され、HRテクノロジーによる人事変革が現実味を帯びてきた印象を受けた。

「Oracle HCM World」のパネルディカッションの様子

人事ヘルプデスクにAIを活用するメリットとは?

特に人気だったテーマが、AIを活用した人事業務変革やそれを支援する新サービスに関するものだ。オラクルも今後提供予定である「Oracle HCM Cloud」の新機能として、HRヘルプデスクをAIが代行する「Chatbot」を紹介した。

企業の従業員であれば、入社してから退職するまでさまざまな人事関連の手続きと関わることになるが、その方法や手順などはわかりにくいことが多く、制度変更などによって変わることもある。

手続き方法が不明な場合、人事担当者に問い合わせる、社内のWebサイトを自分で調べる、もしくは同僚に聞いてみる、といった方法で解決するのが一般的だろう。

こんな時、人事ヘルプデスクのChatbotを活用すれば、人事関連の手続きに関する問い合わせに対し、AIが人事部門担当者に代わって解決策もしくは回答を返してくれる。

例えば、「保育園の入園申し込みに勤務証明書が必要ですが、どこに依頼すればいいですか?」とチャットボットに尋ねると、「ここから申請してください。http://aaaaaaa」というように回答が返ってくる。

従業員は、人に聞くよりも気軽かつ簡単に問題を解決できるし、人事部門にとっても煩雑な問い合わせ対応から解放され、本来の業務に集中でき生産性が向上する。

一方、マネジャーの立場でも有効活用できそうだ。昨今、働き方改革の一環として、勤務時間の管理が今まで以上に厳しくなっている。そうした中、例えば、チャットボットに「今月の部門の平均残業時間は?」「最も残業時間の多い社員とその時間数は?」と聞けば、該当する人事データから算出して回答してくれるのだ。

人事管理システムにログインして分析した結果を見るという手間が不要になるため、管理者はタイムリーに部門の情報を把握し、部門メンバーへの迅速なケアに集中できる。

10年前から活用が始まったHRテクノロジー

このように、AIをはじめ、モバイル、ソーシャル、アナリティクスなどの最新技術を活用した次世代の人事業務を支えるデジタル基盤を「HRテクノロジー」と呼び、日本でも注目されているが、そもそも人事領域におけるAI活用はいつから始まったのだろうか?

それは10年も前に遡る。リクルーティング(人材採用)の領域で機械学習を活用することから始まり、新技術の導入に積極的な企業は、蓄積されたデータと機械学習を活用して人材採用業務の一部を自動化することに関心を持った。そして、ここ3~4年で、企業の各事業領域においてAI活用が加速したことに連動して、スピードと競争力のある企業は、採用活動でのAI活用を本格化させ実際業務の中に取り込むようになった。

現在は、リクルーティング担当者と人事部門が、採用に関わるプロセスをより俊敏かつ自動化し、効果的かつ短時間で成果をあげることを追求する傾向がある。この動きは加速し、人事領域でのAI活用は2017年中により一層普及するだろう。

日本では「働き方改革」や「生産性向上」など、人事にまつわるテーマが企業の経営課題として声高に叫ばれている。これらの課題に取り組むにあたり、デジタル活用を検討しない企業はいないはずだ。「HRテクノロジー」へのニーズやトレンドについて、オラクル・コーポレーション、HCM プロダクト戦略担当 グループ・バイスプレジデントのグレッチェン・アラーコン氏に聞いてみたところ、以下の回答を得た。

「人事部門のトランスフォーメーションを検討する際、何がその組織文化に最も適しているのか、何を変えたいと思っているのかという問いかけをするようにしています」

AIの自動化と人間味(ヒューマン・タッチ)のバランスを忘れずに

それでは、企業はどのようにしてHRに取り組むべきだろうか。そのアプローチはいくつかある。

まず、大規模な変革に着手する準備が整っていない企業では、人事・給与管理であるコアのHRの分野を始点にして、給与にタレントマネジメントなどの領域を加えていくというやり方がある。オラクルの既存の人事アプリケーションのユーザーであれば、そこはあえて手を入れずに、採用、タレントマネジメントがスタートポイントになるかもしれない。

変革の準備はできているけれども、コアのHRをクラウド化するのはインパクトが大きいので、まずは小さな領域から変革するというやり方もある。採用やタレントマネジメントはトランスフォーメーションの取っ掛りとしては最適な領域だ。そして慣れたら、もしくは必要になったら、コアのHRに手をつけるというやり方がある。

ちなみに、「Oracle HCM Cloud」のAIや機械学習機能のロードマップについては「リコメンデーション(お薦め)機能がまずは出てくる」と回答している。例えば、キャリア開発においては、システムがその人のバックグラウンドの情報などから最もふさわしい新たな役職を推薦し、また、学習においては、その人が受けたほうがいいトレーニングコースを推薦し、そして採用においては、採用すべき人材像や採用するべき地域や分野などを推薦してくれる。AI活用は多くの人事の業務領域で拡がる可能性がある。

もっとも、デジタルの活用が進むとはいえ、人事の業務プロセスは人間味がある程度必要になることも事実だ。AIによる自動化と人間味(ヒューマン・タッチ)のバランスは、どうあるべきか?

自動化と予測分析によって、従業員に関する課題解決に求められる情報は集約されるが、その情報を取り入れ、個々の従業員の生産性と満足度向上に役立てることが、本来最終的なゴールだ。AIは、第三者のデータを活用することで、客観的に従業員の行動に影響を及ぼす要因を調査することはできるが、この調査結果に加えて何が各従業員のモチベーション向上や影響を与えるのか、個人的な問題はどれほど生産性に影響するのかを把握、適切な対応を行うのは人事部門担当者の責任と役割であることを忘れてはいけない。

著者プロフィール

津留崎 厚徳

日本オラクル株式会社 クラウド・アプリケーション事業統括 ソリューション・プロダクト本部 HCMソリューション部 部長