アポロ計画で人類が初めて月に降り立ち、そして立ち去ってから、まもなく50年が経とうとしている。この間、誰もが宇宙に行ける時代は訪れなかったばかりか、宇宙飛行士の活動も高度400kmほどの地球低軌道の中で留まり続けていた。

人類を月に送った張本人である米国航空宇宙局(NASA)では、2000年代からふたたびの有人月飛行、さらに有人での火星や小惑星の探査を目指した計画を始め、月はもちろん火星へも、人や物資を送り込むことができる超大型ロケットや宇宙船の開発を行っているが、大統領の交代による宇宙政策の変更、技術的な問題など、さまざまな事情によって、確固とした目標は立たないままだった。

しかしついに、ようやく満を持して、その将来が固まる兆しが見えてきた。その名は「深宇宙ゲートウェイ(Deep Space Gateway)」。これが実現すれば、2020年代に人類はふたたび月を訪れ、そして2030年代に火星へ赴くことになるかもしれない。

深宇宙ゲートウェイの想像図 (C) NASA

月の上空を飛ぶオライオン宇宙船 (C) NASA

米国の有人宇宙探査計画のこれまで

本題に入る前に、まずこの約10年間、有人宇宙探査について米国がどのような動きをとってきたかを簡単におさらいする必要があろう。

2004年、当時のジョージ・W・ブッシュ大統領は新宇宙政策を発表し、スペース・シャトルの運用を2010年で終えると共に、新型ロケットと新型宇宙船を開発し、2020年までに月への有人飛行を実施することなどが定められた。NASAはこれに従った宇宙計画「コンステレーション計画」を立ち上げ、有人ロケット「エァリーズI」と、貨物専用ロケットの「エァリーズV」、そして「オライオン」宇宙船などの開発を始めた。

しかしロケットや月着陸船の開発は遅れ、計画の目的やあり方にも批判が相次いだ。そこでブッシュ大統領の後を継いだバラク・オバマ大統領は、このコンステレーション計画を中止し、時間はかかるものの、より確実に月や火星を狙える計画へと修正した。

NASAはこれを受け、有人・貨物の両方の打ち上げに使える新型ロケット「スペース・ローンチ・システム」(SLS)の開発を決定。またコンステレーション計画の遺産であるオライオン宇宙船の開発は続くことになり、2014年12月に無人での初飛行に成功。さらに並行して、手ごろな小惑星に無人機を送り、その一部を月周辺に持ち帰り、そこへ宇宙飛行士を送り込むという計画も進めた。

そして2017年に入り、オバマ大統領からトランプ大統領に代わった今、小惑星を持ち帰るという計画は中止されたものの、SLSやオライオンの開発や、月や火星を目指すという方針の大部分は受け継がれている。

NASAが有人月・火星探査を目指して開発中の超大型ロケット「スペース・ローンチ・システム」(SLS) (C) NASA

NASAが有人月・火星探査を目指して開発中の「オライオン」宇宙船 (C) NASA

現在実施が決まっている宇宙探査ミッション「EM-1」と「EM-2」

現在のところNASAは、2018年にSLSとオライオンによる月への無人飛行を行い、続いて2020年代前半にSLSとオライオンによる有人飛行を行うことを決めている。このうち前者を「EM-1 (Exploration Mission-1)」、後者を「EM-2 (Exploration Mission-2)」と呼ぶ。

まずEM-1では、初飛行となるSLSを使い、無人のオライオンを月を回る軌道へと送る。このとき投入されるのは「Distant Retrograde Orbit」(DRO)という、月面から高度約7万5000kmという非常に高い高度を、月の自転と逆向きに回る少し変わった軌道で、月探査機などが投入される通常の月周回軌道と比べ、長期間にわたって安定して回り続けることができるという特長がある。

ミッション期間は26日から40日ほどとされ、これよりSLSの性能や、オライオンが月への往復飛行に耐えられるかどうかなどが試験される。

EM-1が成功し、SLSやオライオンのさらなる開発が順調に進めば、続いてEM-2が行われる。このEM-2ではSLSとオライオンは初めて人を乗せて、ふたたび月へ向かう。ただ、月の周回軌道には入らず、月の裏側を回ってUターンするように飛行し、オライオンは1~3週間ほどで地球に帰還する。

NASAでは、オバマ大統領時代から続くこの一連の開発を「Journey to Mars」(火星への旅)と名づけ、将来の有人火星探査に向けたものであるとアピールしている。しかし、現時点で決まっているのはEM-1と2のみであり、そのあとどうするのか、たとえば月に宇宙飛行士を送り込むのか、それとも火星へ赴くのかは、具体的には何も決まっていない。

しかし、ようやくNASAは本腰を入れ始めた。現在の国際宇宙ステーション(ISS)の枠組みを活かし、ロシアや欧州、日本などとの国際協力により、まず月周辺の宇宙空間に置き、続いて火星へと向かう、人類の新たなる前哨基地を建造する構想をまとめつつある。

深宇宙ゲートウェイ

この新たなる前哨基地は「Deep Space Gateway」と呼ばれる。日本語に訳すと「深宇宙への門」となる。本稿では暫定的に「深宇宙ゲートウェイ」と呼ぶ。

この深宇宙ゲートウェイは、ISSのように複数回に分けてモジュールを打ち上げ、宇宙でドッキングして建設される。しかしISSと異なるのは、これが火星への有人飛行に向けた予行練習を行う場所になり、そして機体の一部が実際に火星まで飛んでいくところにある。

現在の構想では、まず2020年ごろに、前述したEM-2と同時に「電力・推進バス」(Power and Propulsion Bus)と呼ばれるモジュールをSLSで打ち上げる。これは質量8~9トンほどの機体で、その名のとおり、太陽電池やスラスターをもっており、電力を作ったり軌道変更・修正したりすることができる。なお、前述のようにEM-2では、4人の宇宙飛行士の乗ったオライオンが月を往復するが、電力・推進バスは打ち上げこそ同時なものの、それぞれ異なる軌道に入るため、地球に戻ってくることはない。

続いて2025年までに、宇宙飛行士が暮らす居住モジュール(Habitation)が、さらに物資を補給するための補給機とロボット・アームも打ち上げられる。さらに2026年には、宇宙飛行士が船外活動をするためのエアロックが打ち上げられて、このうち居住モジュールやロボット・アーム、エアロックは電力・推進バスと恒久的に結合され、徐々に宇宙ステーションの形になっていく。そしてエアロックの結合をもって、深宇宙ゲートウェイはいちおうの完成をみる。

深宇宙ゲートウェイの想像図 (C) NASA

深宇宙ゲートウェイ完成までの工程表。なお本稿では触れなかったが、EM-1とEM-2との間には、SLSを使って、木星の衛星エウロパを探査する大型探査機「エウロパ・クリッパー」を打ち上げることも計画されている (C) NASA

深宇宙ゲートウェイは、「Near Rectilinear Halo Orbit」(NRHO)と呼ばれる特殊な軌道で運用することが検討されている。NRHOは近年発見された軌道で、月を南北に回る、高度1500kmから7万kmという極端に細長い楕円軌道のことで、その細長さからあたかも直線のように見えることから"Near Rectilinear"(ほとんど直線)という名前がついている。

NRHOは、前述したDROのように安定して月のまわりを回り続けられる上に、DROなどと比べて、軌道投入に必要なエネルギーが比較的少なく済み、また地球との通信が月によってさえぎられることもなく、熱的にも安定している。つまり人が滞在したり、宇宙船を設計、運用したりしやすい条件が整っている。

Near Rectilinear Halo Orbit (NRHO) と他の軌道を示した図 (C) The University of Texas at Austin

最初のEM-2を除いて、深宇宙ゲートウェイの構成要素とともに打ち上げられる4人の宇宙飛行士が乗ったオライオンは、そのまま深宇宙ゲートウェイにドッキングし、宇宙飛行士は十数日から42日ほど滞在し、建設の支援の他、将来の有人火星探査に向け、深宇宙で長期滞在する予行練習を行う。またロシアが開発中の新型宇宙船「フィディラーツィヤ」も訪れることができるという。

さらに、現在スペースXやオービタルATKなどの民間企業が、ISSへの物資の補給ミッションを行っているのと同じように、深宇宙ゲートウェイでも民間の補給船による補給ミッションを行うことが計画されている。

参考

March 30-31, 2017 Public Meeting | NASA
Deep Space Gateway to Open Opportunities for Distant Destinations | NASA
NASA, ISS partners quietly completing design of possible Moon-orbiting space station | The Planetary Society
NASA finally sets goals, missions for SLS - eyes multi-step plan to Mars | NASASpaceFlight.com
The Ins and Outs of NASA’s First Launch of SLS and Orion | NASA