深宇宙輸送船

しかし、深宇宙ゲートウェイはこれで完成ではない。ゲートウェイの名のとおり、単なる月を回る宇宙ステーションではなく、人類が火星へ行くための出入り口にもなる。

深宇宙ゲートウェイが完成する翌年の2027年には、SLSを使って「深宇宙輸送機」(Deep Space Transport)が打ち上げられる。この深宇宙輸送機は4人の宇宙飛行士が1000日間暮らすことができるようになっており、つまりこれこそが人類を火星へ連れていく船となる。

深宇宙輸送機は41トンもある大型の機体で、太陽電池やスラスター、居住区などがセットになっている。また累計で3回の火星ミッション、つまり約3000日のミッションに耐えられるようになっており、以降は新しい深宇宙輸送機と交換することになる。

深宇宙輸送機の打ち上げでは、宇宙飛行士の乗ったオライオンは同時には打ち上げられない。深宇宙輸送機はNRHOに投入され、そして深宇宙ゲートウェイと結合し、半年以上をかけて機能の確認が行われる。同じ年には補給モジュールも打ち上げられ、物資が送り込まれる。

2028年には、深宇宙輸送機へさらなる物資と燃料が補給され、2029年には4人の宇宙飛行士と補給物資が送り込まれる。そして深宇宙ゲートウェイと深宇宙輸送機はいったん切り離され、深宇宙ゲートウェイはそのまま月周辺で運用される一方、深宇宙輸送機は単独で飛び、長期間の宇宙航行に耐えられるかどうかが試験される。この試験は300~400日ほど続く見通しで、終了後はふたたび深宇宙ゲートウェイと結合する。

そして2030年以降、深宇宙輸送機に物資と宇宙飛行士が送り込まれた後、ふたたび深宇宙ゲートウェイと分離。いよいよ火星へ向けて飛行を始める。一方の深宇宙ゲートウェイはまた並行して運用が続く。

深宇宙輸送機は(おそらく)火星には着陸せず、約1000日後に地球圏に戻り、ふたたびNRHOに入り、深宇宙ゲートウェイと結合。宇宙飛行士は深宇宙ゲートウェイにドッキングしているオライオンで地球に帰還することになる。

現時点で検討されているのはここまでであり、その先のこと、たとえば火星着陸や、木星や金星など他の惑星への飛行といったことについてはまだ議論されていない。

深宇宙ゲートウェイ(奥)と深宇宙輸送機(手前)の想像図 (C) NASA

深宇宙輸送機の完成までの工程表 (C) NASA

今はまだ絵に描いた餅

深宇宙ゲートウェイの建造と月への長期滞在、そして深宇宙輸送機の建造と火星への有人飛行と、きわめて壮大な構想が描かれているが、実のところ今はまだ、文字どおり描かれているだけの、いわば絵に描いた餅にすぎない。

ただ、NASAをはじめ、ISS計画のパートナーであるロシアや欧州、日本などとの会議は何度も重ねられており、徐々に構想がまとまりつつあるのは事実のようである。

宇宙開発に詳しいAnatoly Zak氏によると、深宇宙ゲートウェイのうち電力・推進バスは米国が、居住モジュールは欧州と日本が、エアロックはロシアが、そしてロボット・アームはカナダが開発、提供することが話し合われているという。

また4月3日には、米国の航空宇宙大手のボーイングが、同社の考える深宇宙ゲートウェイの案を発表。NASAなどに対してアピールをかけている。

ボーイングが構想している深宇宙ゲートウェイの想像図 (C) Boeing

ボーイングが構想している深宇宙輸送機の想像図 (C) Boeing

Zak氏によると、今年の6、7月ごろにはNASAや他国などによる検討がひとおりまとまり、最終案が完成する見込みだという。しかしそこに至ってもなお、本当に実現に向けて動き出せるかはまだわからない。

米国のトランプ大統領は有人宇宙探査に関心を示しているものの、この計画に予算がつくという保証はない。また先日お伝えしたように、トランプ大統領は現在の任期中に有人月飛行ができるよう、EM-1を中止してEM-2を前倒しすることができないか、NASAに検討を依頼している。本稿執筆の4月20日時点では、まだ可能かどうかの結論は出ていないが、トランプ大統領がNASAの計画を引っかき回すことになれば、深宇宙ゲートウェイは計画の最初の段階から崩れることになる。

また日本や欧州など、他国がこの計画についていくのか、あるいはついていけるだけの予算がつくかどうかもわからない。

ましてやこれは深宇宙ゲートウェイに限った話であり、その先の深宇宙輸送機の実現の可否となると、さらに不透明さを増す。

またZak氏によると、ロシアは深宇宙ゲートウェイの次に、火星へ行くのではなく、月へ着陸したいと考えているようで、そのために深宇宙ゲートウェイを月面に近い低軌道に置きたいと主張しているという。

スペースXとブルー・オリジンの思惑

深宇宙ゲートウェイと深宇宙輸送機にとってはもうひとつ、敵にも味方にもなる要素がある。スペースXとブルー・オリジンの存在である。

実業家のイーロン・マスク氏率いる宇宙企業スペースXは、昨年9月に「火星移民構想」を発表。巨大なロケットと宇宙船を開発し、早ければ2024年から移住を始めたいと明らかにした。現時点では、2024年という目標はおろか、そもそもロケットや宇宙船が完成するのかすらわからないが、もし数年遅れでも実現するようなら、2030年代に有人火星飛行をやるというこのNASAの計画の存在意義は、完全に吹き飛ぶことになる(もちろん、今はまだそうならない可能性のほうが高い)。

またスペースXにはこれと並行し、2020年から定期的に、火星に無人の宇宙船を送り込むという計画があり、また2018年に有人での月往還飛行を実施するという計画もある。これらも本当に実現するかどうかはまだわからないが、少なくとも火星移民構想に比べれば実現の可能性は高く、どこかで深宇宙ゲートウェイとかかわってくる可能性はある。

一方、何かとスペースXとライバル視される、実業家ジェフ・ベゾス氏が率いる宇宙企業ブルー・オリジンは、月に恒久的な街を造る構想を打ち出している。こちらの詳細はまだ不明だが、NASAなどからの資金提供さえあれば、2020年には専用の輸送機が開発でき、2020年の中ごろにも月へ物資を定期的に送り届ける、まるでAmazonのようなサービスを開始。そしていずれは月を人類が永住できる場所にすることができるとしている。こちらも月の周辺で活動する以上、どこかで深宇宙ゲートウェイとかかわってくるだろう。

スペースXは超大型ロケットと宇宙船の「惑星間輸送システム」を開発しており、2024年から火星移民を始めたいとしている (C) SpaceX

ブルー・オリジンは惑星探査にも使える大型ロケット「ニュー・グレン」を開発している (C) Blue Origin

そもそも現時点でも、深宇宙ゲートウェイへの物資の補給の一端を民間企業に任せることは検討されている。スペースXとブルー・オリジンなど、安価ながら高い性能をもつロケットや輸送機をうまく活かせれば、深宇宙ゲートウェイや深宇宙輸送機の完成や運用を、より確実かつ効率的なものにできるのは確かだろう。しかし両社の構想はそれを飛び越え、宇宙飛行士の輸送も、そして計画の主導権すらも自分たち民間に任せろ、と言っているに等しい。

仮にスペースXやブルー・オリジンが、NASAに代わって人類の宇宙探査を仕切ることになれば、ふたたびの月への有人飛行も、そして初の火星への有人飛行も、2030年より前に実現するかもしれない。もっとも、NASAの計画に時間がかかるのは、できる限り安全性を高める必要があるからであり、民間に委ね、実現までの時間を短縮しようとすれば、安全性というリスクを取ることになり、ただでさえ高い宇宙飛行における危険度がさらに高くなるのは避けられない。

しかし、人類の誕生にはじまり、地球全体への進出、そして大航海時代と、いつの時代も進んでリスクを取りにいった者こそが、新たなフロンティアを切り拓いてきたのもまた事実であろう。

NASAの計画も、スペースXやブルー・オリジンの計画も、これからどうなっていくのかはまだわからない。しかしいずれにしても、今、私たちはアポロ計画以来、月と火星に最も近い場所に立っているのは間違いない。

参考

March 30-31, 2017 Public Meeting | NASA
Deep Space Gateway to Open Opportunities for Distant Destinations | NASA
NASA, ISS partners quietly completing design of possible Moon-orbiting space station | The Planetary Society
NASA finally sets goals, missions for SLS - eyes multi-step plan to Mars | NASASpaceFlight.com
Boeing Unveils Deep Space Concepts for Moon and Mars Exploration