昨今、「消費者に体験を提供することでエンゲージメントを構築する」というUXデザイン考え方は、企業のマーケティング戦略において欠かせないものとなっている。その多くは、ブランドや製品・サービスの世界観を体験するという趣旨のものが多いなか、日産自動車がこのほどが実施したミニバン「セレナ」の試乗体験企画「もしもパパがママになったら MOMMYING DRIVE(マミーイング・ドライブ)」は、“立場を体験する”というこれまでにないコンセプトでアプローチしているのが大きな特徴だ。

日産自動車はこれまで、企業ブランドや製品の訴求や安全運転の啓発などを目的として様々なコンテンツマーケティングを展開してきていることで知られているが、今回の企画を通じてどのようなメッセージを消費者に届けようとしたのだろうか。日産自動車 日本マーケティング本部 池田氏に話を伺った。

日産自動車「もしもパパがママになったら MOMMYING DRIVE」のウェブサイト

今回行われた試乗体験会では、「もしもパパがママの立場になったら」という設定で、試乗会に参加した男性(夫)が、女性(妻)になりきってもらうための演出を用意したという。スタイリングは自分の妻が普段着用しているものに近い服装を用意し、髪型やメイクも施して妻の姿そのものを再現。そして、服の下には男女の力の差や胸の重さを再現する目的で開発されたアンパワードスーツと呼ばれる特殊なウェアを着用してもらったのだという。見た目を妻に似せるだけでなく、身体そのものも自分の妻になりきれるよう徹底したのだ。

服の下にはアンパワードスーツを着用し、メイクやヘアスタイルも行って妻になりきった

こうして妻になりきった夫は、妻の日常スケジュールを元にした試乗コースへ出発。子どもたちの送り迎えから、職場への出勤、買い物、美容室まで、妻の忙しい1日をセレナで移動しながら体験し、最終的には妻に頼まれた買い物を果たし、セレナに荷物を積んで帰ってくるというのだ。これによって、夫はドライバーとしての立場だけでなく、同乗する妻の立場からも製品の利便性を検証したり、車を使用するときの苦労などに気が付いたりすることができる。頭の中で想像するだけでなく、実際に身体を使って体験することで、様々な発見が期待できるのだ。実際に、参加者の男性からは「ベビーカーの乗せやすさやスライドドアの重要性がわかった」「運転するだけでなく、同乗する家族が乗りやすく楽しめることが重要だと思った」といった声が聞かれたという。

製品の使い勝手などを体験するイベントは多い中、一緒に使う人の立場(今回は妻)になりきって体験してもらうというコンセプトは、過去にあまり例がないのではないだろうか。

池田氏は今回の企画の狙いについて、「ミニバン初の自動運転技術など最先端技術の搭載が話題になった新型セレナだが、このクルマには日常的に乗ることが多いご家族に最適な工夫もたくさん詰め込んでいる。そのこだわりを感じていただくために、このクルマはぜひ奥様の視点で試していただきたいという思いがあった。クルマ選びは立場によってそれぞれ重視するポイントがあるもので、夫と妻ではクルマ選びの決め手となる魅力が異なるということも分かっていた。そこで今回は、旦那様に奥様の気持ちでクルマを試していただき、パートナーの立場からもその利便性を検討していただきたいと考えた」と語る。

折しも、試乗会が行われた1月31日は“愛妻の日”だったのだそうで、試乗会を通じて様々なシーンで夫が妻の気持ちを理解するきっかけになればと考えられたのだそうだ。「企画に対してソーシャルメディア等での反応は好評で、特に女性からは『よくぞやってくれた』との声が多くあがっている。また、実際に当日体験した方々からも好評で、事後アンケートでは、参加した男性の93%が『クルマ選びに対する考え方が変わった』と回答している。何よりも、実際の試乗の場において、参加されたご夫婦やご家族に会話と笑顔が生まれ、クルマ選びについて新たな視点をもっていただけている様子が得られたことが収穫だったのではないか」(池田氏)。

もしも購入する製品やサービスがパーソナルなものであれば、使用者個人の立場で体験をすればその良し悪しを判断することができる。しかし、今回の自動車のように異なる立場の多くの人が使用する場合には、自分は良いと判断しても、ほかのひとも同じように良いと思えるかはわからないことが多い。日産の今回の企画は、自分自身の立場だけでなく、異なる立場の人物の体験を疑似的ではなく忠実に再現することで生み出したことで、製品の検討に多角的な視点を生み出そうとしているのだ。