このように、斬新なコンテンツマーケティングを次々と打ち出す日産自動車だが、自動車購入の検討ステージが店頭での商談からインターネット上の情報収集へと変化している消費者の環境に対して、どのようなマーケティング戦略を展開しているのだろうか。特に、一般消費者参加型のマーケティング企画を数多く手がける同社に、そのこだわりを聞いた。

質問に対して池田氏は、「インターネット上の情報に対する仕掛けはもちろん大切だが、それを踏まえた上でも、最も重視すべきはお客様と心の動きを本当に共にすることである。日産では表面上の情報戦術に囚われることなく、お客様と日産がともに驚いたり、ともに笑えたり、ともに楽しんだりできることを仕掛けることが多い。また、そうするように留意している」と説明。ただ情報を一方的に発信するのではなく、ひとつひとつのマーケティング企画を通じて、消費者自身が自分事化することができる本質的な価値とは何かを追求することによって、消費者の共感、共鳴を生み出そうとしているのだ。

「お客様は単なる情報の受け手ではない。本質的な企画によって心の動きを促せたときには“日産とともにそれを楽しむ強い味方”になってくださるはずだ。それを信じて、これからも様々な施策にチャレンジしていく」(池田氏)。

他方、自動車の購入を巡る消費者のカスタマージャーニーは大きく変化している。これまでの自動車販売は、カーディーラー(販売店)の店頭で営業担当者が来訪した顧客と良好な関係を築いていくことでブランドや製品のエンゲージメントを生み出してきた。もちろん、そのアプローチは今でも変わらないが、最近では消費者がインターネットを通じて多くの情報を収集して店舗来訪前に十分な検討を行う時代になりつつある。自動車メーカーは今まで以上に豊富な情報の提供とエンゲージメントの構築を推進することが、顧客獲得の大きなカギを握るようになったのだ。

こうしたカスタマージャーニーの変化に対して、自動車メーカーはどのようなマーケティングを推進していくのか。池田氏は、「日産では、昨年から“選ばれるブランドになろう”というコンセプトのもとにブランドコミュニケーションを展開している」と語る。その理由は、顧客の来店回数の変化だ。同社の調査データによると、顧客が自動車を購入する際のディーラーへの平均訪問回数は2.6回で、平均訪問メーカー数は1.53社ほど。訪問回数に購入を決定して契約するための訪問1回分が含まれていると考えれば、最近の自動車購入はほぼ“指名買い”と言える状況になっている。「車の購入を検討する際、お客さまの頭の中ではだいたいどのメーカーにするかがすでに決まっている。それならば、購入検討の段階で選ばれるブランドにならなくてはならない」(池田氏)。

その上で池田氏は、「顧客一人ひとりの状況を理解し、“最適なコンテンツ”を“最適なタイミング”で“最適なチャネル”で提供することが重要だ。そのためには、顧客一人ひとりの状況・行動、すなわち“コンテクスト”を理解し、顧客に合ったメッセージを届け、エンゲージメントを強化することが“選ばれるブランド”になるために不可欠だと考えている」と説明する。

マスメディアを中心としたコミュニケーションによって消費者に一方的にメッセージを届けていった時代から、消費者がインターネットやスマートフォンを活用することによって自分自身で興味がある情報を探し出し、“マイクロモーメント”と呼ばれる瞬間的なニーズの発生がカスタマージャーニーに大きな影響を与える時代へと変化した。加えて、共感した情報を自らソーシャルネットワークに発信することで、広く情報が拡散していくようになった。こうした時代の変化に対して、企業が消費者の“いま何を探したいのか”、“いま何に興味を持っているのか”というニーズをキャッチアップし、そのニーズに的確に応えるコミュニケーションを生み出せるかどうかは、マーケティングの成否に大きな影響を与えることになる。

ご存知の通り、日産自動車をはじめとする自動車メーカーは直接消費者に自動車を売らない。しかし、こうしたインターネットやスマートフォンの普及と利便性の向上がもたらした消費者の行動変化によって、メーカーが消費者の購買行動に与える影響が、以前よりも大きくなっていることは確かだ。メーカーのマーケティング活動には、情報収集・検討段階の消費者の背中を押してカーディーラー(購入機会)に足を運ぶ契機を生み出すことが、今まで以上に求められることになる。こうした変化は自動車業界に限ったことではなく、インターネットによる消費者の行動変化は様々な分野のカスタマージャーニーをも変え、マーケティング活動の在り方にも影響を与えるのではないだろうか。