はじめに

過去10年間、組み込みデバイスはムーアの法則に従って急激な発展を遂げ、IoTの展開を促進してきました。いずれハードウェアは共通化され、機能の差別化はソフトウェアで実現する日が来るでしょう。この変化によって、ソフトウェアを適応させるだけで別の用途に簡単に転用できる、柔軟なプラットフォームが可能になります。この記事で後述するように、民生用のリモコンと、進歩したインダストリー4.0ノードの違いはわずかです。インダストリー4.0とIoTは、デバイスを相互接続するか、またはクラウドに接続する、というコンセプトの上に構築されています。このコンセプトはワイヤレス通信によって実現され、そのためのソリューションの選択肢はたくさんあります。この記事では、最も発展した魅力的なワイヤレス・コネクティビティ・テクノロジと考えられる「Bluetooth low energy」について説明します。

Bluetooth low energyを使う理由

2010年にBluetooth low energyが発表されたとき、このテクノロジは小容量データを比較的大きな遅延で伝送する低消費電力センサ製品向けに設計されていました。これらの製品は、現在でも心拍計用のセンサ、流通用ビーコンや、その他の革新的な民生向け製品に使われています。しかし、この種の次世代デバイスや今後登場する新しい製品については、より進歩した機能が求められます。幸い、Bluetoothテクノロジーのロードマップは、これらの新しい要件を満たしています。次世代規格のデバイスは、初期のBluetooth low energyの要件から大幅に飛躍した機能のほか、最大4倍の通信距離や、2倍のデータ伝送速度を提供します。

通信距離の拡張によって、より遠くのデバイスと接続できるだけではなく、室内環境での通信がより堅牢になります。Bluetooth low energyは2.4GHz帯を使っているため、壁や建物の向こう側まで届きにくいという弱点があります。通信距離の拡張によって、信号はドアその他の小さな開口部を通り、より長い距離を伝搬してレシーバまで到達することができます。次世代規格への拡張によって、デバイス間の通信距離は、最大1kmまで可能になると予測されています。次世代規格は、より広い通信範囲のみならず、より高いデータ伝送速度も提供します。およそ2Mbpsのデータ伝送速度を使えることで、ストリーミングのアプリケーションや、OTA(Over-the-Air)でのファームウェアのアップグレードも確実に可能になります。2017年内のBluetooth 5の発表も期待されています。

リモコン製品

従来の民生用製品を一般的なIoTノードに変容させた例を見てみましょう。これまで、IR(赤外線)テクノロジを使ったリモコン製品は、家族の団らんの中心にありました。リモコン製品の一部は、まだIR通信を使っていますが、その代替えとしてRF(高周波)テクノロジに移行するトレンドがあります。RFテクノロジの最大の利点は、可視範囲外の機器を制御できることと、より大量のデータを双方向に伝送できることです。

Bluetooth low energyを搭載しテレビやSTBと通信するリモコンを考えてみましょう。ほとんどのBluetooth low energyのチップセットは、マイコンを統合したSoCであり、リモコンのための処理デバイスが追加不要です。入手可能なほとんどのチップセットでは、センサの追加やソフトウェアをベースとした拡張によって、次のような差別化が可能です。

  • 音声の伝送:リモコン製品にマイクを追加することで、オンチップでエンコードした音声をBluetooth low energyで伝送し、レシーバ側での音声認識が可能になります。例えば、テレビ/STBに観たい映画の題名を言うだけで、映画が再生され、あるいは題名が思い出せない場合には条件を伝えるだけで、複数の選択肢を表示することもできるでしょう。
  • HID over GATT(HOGP):HOGPはBluetooth low energyのプロファイルの1つで、マウス、キーボード、Windows、AndroidやiOSのような民生用制御ソフトウェアを使ったシステムとの間に直接の互換性を持ったリモート・コントロールを可能にします。ワイヤレス・マウスがモーション・センサを搭載していても、簡素なボタンだけの入力機能であったとしても、アプリケーション・レベルで相互動作可能なプロトコルは大変便利です。
  • OTAによるファームウェアのアップグレード:すでに市場に流通中の製品にも、新しい機能を追加できます。このようなアップグレードによって、メーカー各社はユーザーの操作に影響を与えずに、信頼できる供給元からの変更の共有、新しい機能の追加やソフトウェアのメインテナンスなどが可能になります。
  • IRドライバ:古いシステムへの後方互換性が必要な場合、これまでのIRソリューションも簡単に搭載できます。すべてのIRデータベースをクラウド・サービスでサポートでき、必要なコマンドをテレビ/STBメーカー各社からBluetooth low energy経由で自動的にダウンロードできます。

現在、このタイプのリモコンは世界的に利用可能です。

インダストリー4.0

リモコンの用途は民生分野だけではありません。第四の産業革命として知られているインダストリー4.0は、ワイヤレス・コネクティビティによるスマート・オートメーションを中心に据えています。ソフトウェアにより差別化要素を追加することで、テレビやSTBよりもはるかに多くの機能を構築できます。リモコンの「小型フォームファクタ」という条件を外してみましょう。すると、センサ・データを受信し、それをゲートウェイ経由でクラウド・サービスに伝送する、一般的なワイヤレス・ノードになります。マイクロフォンは騒音レベルを計測するために使えます。モーション・センサは動きを検知し、ボタンは手動アラームや設定のために役立つでしょう。もちろん、センサを交換すれば、あらゆる種類の計測データを扱えます。

簡潔に言えば、リモコンとIoTノードの実際の違いは、フォームファクタとソフトウェアだけです。IoTは多くのテクノロジと市場をまとめて表す総合的なコンセプトですが、インダストリ4.0と関連付ければ、上のソリューションの使用例には、M2M、在庫管理、ケーブルの代替や、その他数多くの用途があります。インダストリー4.0は世の中をオートメーション化しつつあり、ANI(Artificial Narrow Intelligence:特定範囲に限定された人工知能)の追加によって、私たちの周囲で複数のスマート・システムが自動的に働くような世界も実現するでしょう。もちろん、データやデバイスの安全性を確保するために、適正なセキュリティと強力な認証機能も実現する必要があります。

まとめ

ソフトウェアは重要な差別化要因であり、ソフトウェアを正しいハードウェア・プラットフォームと組み合わせることで、市場間の移行が容易になります。なぜBluetooth low energyはIoTとインダストリー4.0にとって重要なテクノロジなのか、その理由は下記の4点です。

  • 機密性、プライバシーやインテグリティを確保する、安全なプロトコル
  • 真に低消費電力であり、コイン電池で数年間動作可能
  • iOS、Android、Windowsなど、スマートフォン、タブレットやラップトップPCで広く普及しているOSとの間に互換性を提供
  • 幅広い市場で、全世界に展開され、堅牢性を実証済

Bluetooth 5が発表された場合、既存のチップセットのソフトウェアを簡単にアップグレードするだけで新しい機能をサポートできます。TIのSimpleLink Bluetooth low energy「CC2640R2F」ワイヤレス・マイコンも、Bluetooth 5をサポート可能なデバイスの1つです。また、TIのSimpleLink「CC2650RC」ワイヤレス・マイコンは、今回の記事で紹介した機能を備えたBluetooth low energyを素早く評価できるリモコン開発キットで、付属のソフトウェア開発プラットフォームや設計資料などを用いて開発を行うことができます。

著者紹介

ステファン・リモージュ(Stephen Limoges)
Texas Instruments
製品マーケティング・エンジニアとしてHIDランプおよび車載分野のコネクティビティを担当。TIでは過去8年間、フィールド・アプリケーション・エンジニア、テクニカル・セールス・エンジニア、車載システムエンジニアと多岐にわたるエンジニアリングを経験し、現在は車載向けミクスド・シグナルのマーケティングおよびシステムに従事。 ノースイースタン大学卒業(電気工学 学士号 取得)。