グローバル化に伴って必要性が高まる「反転授業」とは

デジタルトランスフォーメーション(変革)はビジネスシーンに留まらず、我々の日常生活に少しずつ浸透し始めている。その1つが教育分野だ。日本マイクロソフトと静岡大学は2017年3月8日、大学教育におけるデジタルトランスフォーメーション推進に関して協力することを明らかにした。

静岡大学 学長 伊東幸宏氏は、「大学教育もグローバル化し、(互いが刺激しあう教育の場を提供する)ラーニングコモンズや、(能動的な学習意欲を引き出す)アクティブラーニングの導入が急務となった。この問題を解決するため、日本マイクロソフトと協力して2017年4月から『反転授業』の本格運用を開始する」と述べた。

左から日本マイクロソフト 執行役員 常務 パブリックセクター担当 織田浩義氏、日本マイクロソフト 代表取締役 社長 平野拓也氏、静岡大学 学長 伊東幸宏氏、静岡大学 理事(企画戦略・情報人担当) 東郷敬一郎氏、静岡大学 教授 情報基盤センター センター長 井上春樹氏

正直なところ、「反転授業」という単語は初めて耳にした。静岡大学の説明によれば、教室などで行われていた知識伝授の要素を映像化し、自宅で行う宿題を通してさらに学ぶ「知識の咀嚼(そしゃく)」を、教室で実施する形態の1つ。例えば、教室で講師は特定のテーマについて語り、生徒たちは講師の発言や板書をメモすることで、新たな知識を学ぶのが一般的なスタイルだ。この、教室で行っていた「学び」を映像化することで、授業に参加できない社会人学生や、日本語が不得手な留学生の学習を支援。教室に集まった生徒は討論を行うことで、さらなる深い学びの場を得られるというもの。

反転授業の概要図。教室外での能動的な学びを実現する

既に静岡大学は、本分野について2014年から研究を始めており、2016年4月からは教育学部と文部科学省、静岡県などとともに実証実験を開始している。そこでは、映像作成のコストや広域配信のインフラ、映像コンテンツの収納場所といった、さまざま問題が浮かび上がったという。

そこでMicrosoft Azureを基幹として導入し、PowerPointでオンライン事業や対話型プレゼンテーションを実現するアドインツール「Office Mix」を用いて映像化を実現した。映像データはMicrosoft Azure(厳密にはDocs.com)にアップロードし、コンテンツに応じてアクセス許可&共有設定を調整。続いて、静岡大学に関する映像コンテンツサイト「静岡大学テレビジョン」経由でURLを公開するという、「クラウド反転授業支援システム」の導入にいたった。

一見すると誰でも視聴可能に見えてしまうが、科目ごとにパスワードを設定し、講師や教授が受講生にメールすることで一定のセキュリティを担保。セキュリティ強度が足りない気もするが、静岡大学は「スモールスタートの考えから始めた」(静岡大学 教授 情報基盤センター センター長 井上春樹氏)という。

静岡大学 情報基盤センター 宇田はるな氏による映像コンテンツ作成のデモンストレーション

会場では、映像コンテンツを作成するデモンストレーションも披露。数分間の映像はその場で簡単な編集を行い、アップロードまで5分で完了した。実際の授業でも、終了後10分程度で公開可能になる。「これまではYouTubeなども使っていたが、mp4形式にエンコードを必要とするため、(クラウド反転授業支援システムと比べると)圧倒的な時間差」(井上氏)だと、ソリューションの効果をアピールした。

日本マイクロソフト 代表取締役 社長 平野拓也氏は今回の提携について、「学生とのつながりを変えつつ、教育/研究業務を最適化して、学生・教員にパワーと人材育成の場面を提供しながら、授業コンテンツの変革につなげる」と支援内容を説明。Microsoft Azureを活用した反転授業ソリューションへの取り組みは、日本初だとした。

静岡大学 情報基盤センター センター長 井上春樹氏

日本マイクロソフト 代表取締役 社長 平野拓也氏

Microsoftは以前から、K-12に対するSTEM教育に注力しており、米国政府と連動した取り組みも目立っている。こうした施策は日本にも必要だ。日本マイクロソフトの平野社長も「先進的な取り組みを全国の大学に広げたい。文教部門20名の担当者に加えて、1,000社の教育機関向けパートナーとともに、全国約800大学へアプローチしたい」と意気込みを語る。

また、今後はMicrosoftの最新技術を適時共有するため、AI(人工知能)技術者や日本マイクロソフトCTOを、静岡大学に派遣する。講座やワークショップを通じて、将来的なビジネス人材となる学生たちの「働き方改革」も応援したいという。

日本マイクロソフト 執行役員 常務 パブリックセクター担当 織田浩義氏

現場を預かる日本マイクロソフト 執行役員 常務 パブリックセクター担当 織田浩義氏も、「学び方改革という視点から『OneNote ClassNoteBook』の活用も提案したい。また、(Microsoft Translator APIを利用した)翻訳エンジンや『Skype Translator』を使用し、多言語に対応する学びの場を実現するなど、さまざま可能性を全国に向けて展開したい」と展望を語った。

静岡大学の井上氏は「クラウド反転授業支援システム」導入にあたって、「議論はあるものの」と前置きしながら、「(静岡大学で行っている授業の)約半分は反転授業に向いている。極端な例だが、授業に1回も出なくても『A評価』を取れる」と述べる。効果予測についても、2,000科目に適用した状態で動画1本あたり5万円のコストと仮定して、1科目あたり10本の動画製作コストを10億円/年と試算。

日本の大学すべてに本システムを適用した場合、2015年度の学生数を285万人と仮定し、「285倍となる約2,850億円のコスト削減を推定できる」(井上氏)と強調した。なお、静岡大学ではMicrosoft Azureの導入にあたって、「1,500名程度の利用者と本システムの運用なら年間10万円程度で納まる」とした。

静岡大学による「クラウド反転授業支援システム」本格導入時のコスト試算

静岡大学では今後、自動翻訳による多言語対応やロボットが講師の代わりを務めるなどシステムの進化を図り、合わせて全国大学への展開を目指す。大学内の既存基幹システムや事務用システムを、Microsoft Azureに移管させる広がりも構想する。我々が若いころ学んでいた教育現場も様変わりし、今後のIT技術は日常生活に寄り添う存在となるようだ。

阿久津良和(Cactus)