米国の宇宙企業スペースXは2月27日(現地時間)、2018年末に2人の民間人を乗せた宇宙船を打ち上げ、月との往復飛行を行う計画を発表した。

参加する2人の民間人の正体については明らかにされていないが、すでに運賃の一部を手付金として支払っており、今年の後半から宇宙飛行に向けた訓練を始めるという。

この計画が実現すれば、アポロ計画以来約50年ぶりの有人月飛行となり、また米国航空宇宙局(NASA)が計画している有人月飛行ミッションよりも先んじることになる。

はたして、スペースXの"月世界旅行"は、いったどのようなものなのだろうか。

「ファルコン・ヘヴィ」ロケット (C) SpaceX

「ドラゴン2」宇宙船 (C) SpaceX

自由帰還軌道に乗って1週間の宇宙旅行

この月世界旅行では、スペースXが開発している有人宇宙船「ドラゴン2」と、同じく開発中の超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」が使用される。

2人の旅行者が乗ったドラゴン2は、ファルコン・ヘヴィで米国のケネディ宇宙センターから打ち上げられ、やがて月へ向かう軌道に乗る。

そして約3日かけて月に近付き、マラソンの折り返し地点のように、月の裏側を通ってUターンし、そのまま地球へ向かって戻る軌道に入る。このときドラゴン2は基本的にエンジンを動かす必要はなく、ごく自然に地球へ帰る軌道に乗ることができる。月をUターンしたドラゴン2は、また3日ほどかけて宇宙を飛び、地球の大気圏に再突入して帰還する。

このような自然に月でUターンして地球に帰ることができる軌道のことを「自由帰還軌道」(Free return trajectory)という。自由帰還軌道はアポロ計画でも使われ、月往還飛行をした「アポロ8」や、史上初の月着陸を果たした「アポロ11」などは、まずこの自由帰還軌道に宇宙船を投入し、その後軌道修正を行って、目標の軌道に入るという運用が行われた。つまり軌道修正までの間に何か問題が起きても、そのまま地球に帰ってこられるようなっていたのである。

大事故となった「アポロ13」ではまさに、宇宙飛行士の救出のためにこの軌道が使われたが、事故が起きたのは軌道修正後だったため、月着陸船のエンジンを噴射して自由帰還軌道に"戻す"作業が行われた。

自由帰還軌道は少ないエネルギーで地球と月との往復ができる上に、放っておいても地球に帰ることができるので比較的安全といった特長がある。また宇宙船は自動操縦なので、搭乗している旅行者が何か操作する必要は、基本的にはない。

月を周回したり、月面に降りたりはしないので、少し物足りないかもしれないが、危険を最小限に抑えるという点では妥当なものだろう。とはいえ決して安全というわけではなく、イーロン・マスク氏も「危険を最小限にするためにできることのすべてをやります。しかし、危険はゼロにはなりません」と語り、リスクがあることを認めている。

自由帰還軌道を描いたイラスト。地球と月を八の字で結ぶように飛行する (C) NASA

月へ旅立つ2人の民間人の正体については、今の段階ではまだ明らかにされていない。また、月への飛行にかかる費用はその2人が支払うとされるが、その金額についても明らかにされていない。

もっとも、旅費については、ファルコン・ヘヴィの公称価格が9000万ドル、またNASAの資料から、ドラゴン2の1席あたりのコストは約2000万ドルと設定されていること、そして今回の発表の中で「国際宇宙ステーションへの飛行と比べてそんなにコストは高くならない」という発言があったことから考えると、1人あたりの旅費は100億円前後であろう。これだけの金額を出せる以上、名前を聞けばすぐに顔が浮かぶほどの大富豪であることは間違いない。

ちなみに、米国の宇宙旅行会社スペース・アドヴェンチャーズは2011年に、ロシアの「ソユーズ」宇宙船を使用した、自由帰還軌道での月世界旅行の販売を始めたが、このときの金額は約1億5000万ドルであった(ただしまだ実現はしていない)。