神戸市は航空機部品を製造する地場の中小企業をIoTで相互連携させ、異なる企業の工場があたかも同一生産ラインで稼動するかのような「つながる工場」化を目指した取り組みを始めている。A社が加工した部品がいったん元請メーカーに納品され、次工程はあらためてB社に発注される「のこぎり発注」を排し、A社からB社へ部品を直接受け渡すことで短納期や生産効率向上を図り、競争力を強化する。このような動きのなか、地元中小企業2社がセンサーを試験的に導入した。

神戸市が目指す「つながる工場」のイメージと従来の「のこぎり発注」

日本版「インダストリー4.0」の先進例

製造業の海外流出、空洞化は先進国に共通する課題だが、ドイツが国家プロジェクトとして推進している「インダストリー4.0」は日本の製造業でも注目されている。IoTやAIといった情報技術をフル活用して、異なる企業の工場をセンサーやネットワークによって相互連携させ、サプライチェーンの自動化や生産設備の稼働率向上などによりコスト最小化を目指すものだが、神戸市はこのコンセプトを採り入れた独自施策「インダストリー4.0神戸プロジェクト」を策定した。

「神戸市には川崎重工業や三菱重工業、三菱電機など、大手メーカーの製造拠点があり、これらを支える多種多様の中小製造業が集積しています。現状は企業単位で元請企業との受発注を行っていますが、この集積を活かしながら、神戸地域のものづくりの競争力を強化するために、IoTを有効活用し、『つながる工場』の実践拡大を図りたい」と語るのは、神戸市工業課の平野氏である。

神戸市 経済観光局 経済部 工業課 課長 平野敦司氏

平野氏がまず注目したのは、新興国の需要拡大によって今後大きな成長が見込める航空機産業だ。航空機分野は自動車同様すそ野の広い産業で、神戸市機械金属工業会では航空機産業に関わる21社が「神戸航空機産業クラスター研究会」を結成している。この企業グループにおいて、「のこぎり発注」を排した一貫生産体制の構築に向けて「つながる工場」を実現し、航空機産業においてブランド化しようというのが神戸市の狙いだ。

IoTを使って「のこぎり発注」から「つながる工場」へ

「つながる工場」を実現するには、工場間で生産状況をリアルタイムに共有する必要があるほか、A社の製品を受け入れるB社の製造ラインに遅延やトラブルが発生したら、同じ製造設備を持つC社やD社へ納入先を自動的に振り分けるといったオペレーションについても、人間を介せずシステムの判断によって自動化される必要がある。また工作機械の作動状況を常に監視し、故障が発生する前にアラートを発して製造ラインの異常停止を未然に防ぐといったヘルスチェック的な機能も求められる。

これらを実現するには、工作機械や保管設備などに設置したセンサーからデータを取得し、ネットワークを介してリアルタイムに制御システムへ送信。これをAI的な頭脳を持ったアプリケーションが生産工程全体を最適化する命令を各工場へ発信できなければならない。これだけ大がかりなシステムを立ち上げるには相応の投資が必要で、中小企業が簡単に踏み出せるわけではない。

「まず初年度は、IoTを使ってどんなデータを見える化できるか検証するところから始めています。航空機産業クラスター研究会に参加する2社で、工作機械にセンサーを設置してクラウドサービスの管理ツールからデータを確認する検証を2016年8月から開始しました。これまで可視化できなかったものを数値化することなどにより、次のステップにつながるIoT活用のアイデアが生まれてくると期待しています。具体的なメリットが見えてくれば、センサー導入などによりIoTを活用する企業が増え、ゆくゆくは多くの中小企業がIoTで連携することを望んでいます」(平野氏)

初期導入コストを下げるソリューションは?

神戸市とともに「インダストリー4.0神戸プロジェクト」のIoTソリューションを支援するのは、市内に製造拠点を持ちセンサーやコントローラーなどを開発製造する旭光電機だ。数年前から厨房機器にIoTを搭載して製品化した実績を持つ同社の和田技術部長は、中小企業のIoT導入について次のように語る。

旭光電機株式会社 常務取締役 技術部長 和田貴志氏

「IoTを使った工作機械の監視ソリューションがいくつも存在しますが、有線ネットワークを使うため工場内にハーネスを設置する工事が必要だったり、センサーが収集したログデータを視覚化する管理ツールを独自開発する必要があるなど、いずれも中小企業が手軽に検証できるコストには収まりません。センサーを設置してどんなデータが見えるのか、それがどんな効果につながるのかを明確化できない段階で、大きな投資を必要とするIoTソリューションを提案するのは無理がありました」(和田氏)

導入コストを下げられるIoTソリューションを調査していたところ、ソフトバンクより低価格でIoTを導入できるパッケージ製品「IoTスターターキット on CONNEXIVE」(以下、ISC)がリリースされた。センサーが収集したデータを無線(Bluetooth)でルーターに送信し、閉域モバイルネットワークを経由してクラウドにデータを蓄積。集計および可視化を提供するクラウドサービスがセットで提供される。

旭光電機が実施するISCの実証試験。工作機械のパトライトに設置したセンサー(右上の赤枠)のデータは無線によりルーター(左下の赤枠)に送信され、モバイル通信網を経てクラウドシステムに蓄積される

「同時接続数やデータ送信間隔に制約はありますが、ISCを採用すれば設置工事や管理ツールの開発を省略し、かつ低ランニングコストで手軽にIoTの検証を始められます。現在導入している2社では、ISCと市販センサーを使って検証を実施していますが、センサーに関する課題がいくつか見えてきました。例えば工作機械の温度や振動をモニターし、故障を起こす前兆をキャッチする基礎データ取得には、実際に機械が故障を起こすまでIoTを稼働させなければなりませんが、汎用センサーでは電池容量が小さくて長期運用には適しません。また有線による外部入出力端子が欲しいという要望も寄せられました」(和田氏)

こうした知見を踏まえて、同社ではISCとセットで使う独自センサーを開発して、「つながる工場」に参入を希望する企業に提供していくという。また、同社は今春、工場内の工程間で仕掛かり部品を納めたラックを無人で運搬する搬送ロボットを導入予定だが、ラックから部品を授受する既存工作機械のローダー・アンローダーはIoT未対応だ。そこで同社は自社開発したセンサーをローダー・アンローダーに装着し、ISCを使って搬送ロボットと連携するシステムを稼働させるという。加工済み部品をラックに格納したらアンローダーが作業完了の信号を送り、搬送ロボットがラックを回収に向かう、という作業を自動化する。

旭光電機が開発したIoT用センサーユニット。電池が大型化され外部端子も装備する

IoTを導入するには、コスト以外にも、ソフトウェアやネットワークの専門技術が必要となる。もの作り現場で以前よりソフトウェア部門の重要性は増しているが、中小企業がクラウドシステムまで自社開発するのは人材確保の面からかなり難しいだろう。ネットワークやクラウドに関する分野は外部に委託するISCのようなソリューションを活用していくのが、IoTを普及させる重要なポイントになる。

次世代の第四次産業革命を意味する「インダストリー4.0」を実現するには、一社でも多くの企業がIoTに踏み出すことが重要だ。その第一歩として、神戸市が進める中小企業向けIoT普及策の今後に注目していきたい。