講談社とパートナー企業4社は2月22日、手塚治虫生誕90周年を記念し、同氏が生み出した国民的ロボットキャラクター「鉄腕アトム」の実現を目指す「ATOMプロジェクト」を開始したことを発表した。同プロジェクトの第一弾として、講談社よりコミュニケーション機能を持ったロボット・アトムをユーザーが組み上げられるパートワーク「週刊鉄腕アトムを作ろう!」を4月4日から販売する。

大企業連合による家庭用のコミュニケーションロボット「ATOM」

「鉄腕アトム」といえば、あえて説明する必要もないほど有名な、漫画の神様・手塚治虫氏を代表するキャラクターのひとつだ。「ドラえもん」や「ガンダム」と並び、ロボットアニメの歴史を作った金字塔でもある。1952年に「アトム大使」として誕生し、翌1953年に「鉄腕アトム」が光文社「少年」誌で連載開始。1963年には日本初の本格的アニメーションテレビ番組が制作され、現在のアニメ王国・日本の礎となった。日本のロボット研究者の中にも、「アトムを作りたい」と研究の道を志した人は多いといわれている。

今回のプロジェクトでは、手塚治虫生誕90周年を記念して家庭用のコミュニケーションロボットを70週に分けて組み立てる「週刊鉄腕アトムを作ろう!」を講談社が4月4日から順次出版(創刊号830円、高額号を含めて総額18万4474円)する。

同社は企画全体のプロデュースや会話などのシナリオモデルの作成を行う。また、アトムのデザインの監修は手塚プロダクションが、ロボティクスの設計およびアトムのOSとフロントエンドAIは富士ソフトが担当。さらに、フロントAIで処理できない音声処理についてはNTTドコモが、そしてメインボードなど電気的ハードウェアの製造はVAIOが担当する。

5社がそれぞれの強みを発揮し、協力してアトムの実現を目指す

アトムには何ができるのか?

漫画やアニメでは「7つの力」(ちなみに発表時期によって内容は若干異なる)を持ち、悪と戦っていたアトムだが、残念ながら「週刊アトム」のほうはそれほどたくさんのことができるわけではない。アトムにできるのは、立って歩いたり、踊ったりするほか、クラウドと接続して会話をしたり、眼に映る人を認識して話し分けたりといったコミュニケーションが中心だ。同プロジェクトのプレスリリースでは「アトムの種」という表現が使われていたが、まさに「将来のアトム実現のための種」といった塩梅だ。

本体は「アトムそのもの」というよりは、「ブリキ時代のアトムのおもちゃ」といったほうがより近い感じがする。関節部は自由度の関係もあるのだろうが、もう少しスマートに収まると良かったのだが

背面には持ち運び用と思われるハンドルが。お尻にはマシンガンの代わりに電源コードを刺すようだ

胸の液晶ディスプレイには写真や動画を表示することも可能だ。また「shufoo」「マピオン」と連動して、近在のお買い得情報などを教えてくれる機能もある

メインボード類などはVAIOが製造。制御にはRhapsberry Pi 3なども使われている。PCメーカーのバイオがロボット? と思うが、同社の安曇野工場はソニー時代にペットロボット「AIBO」を製造していた経緯があり、精密ロボットの製造・組み立てのノウハウを持っている

メカニック的にはおもちゃ的なイメージもあるアトムだが、コミュニケーション能力についてはなかなかのものだ。フロントエンドAIによって、家族など12人を見分けることができるほか、表情も検出できる。

最大12人まで登録して識別が可能。初めて会った人には「初めてお会いしましたね」と挨拶できる

会話機能については、基本はフロントエンドAIが行うが、わからない単語などが出て来た場合はクラウドに接続し、NTTドコモの音声解析と自然会話プラットフォームを使って会話をする。同技術は「しゃべってコンシェル」などですでに実績があり、かなり自然な会話が可能だ。ちなみに、音声自体は2003年のアニメ「アストロボーイ 鉄腕アトム」(通称平成アトム)からアトムの声を担当している声優の津村まことさんによるものだ。

壇上ではアトムとの会話がデモンストレーションされたほか、ちょっと面白いところでは「ラップをやって」というと、ラップ調に歌うヒップホップなアトムの姿も紹介された(製品版に実装されるかは不明)。このほか、ムービーでは胸のディスプレイにラジオ体操の動画を流しながらラジオ体操を踊ったり、絵本を表示して子供に絵本を読んで聞かせる姿も映し出されていた。

アトムとの会話データはクラウド側に反映されるので、アトムは全ユーザーとの会話によって、常にバージョンアップしていくことになる。購入者のもとに完全なアトムが届くまでには70週=1年半が必要であり、それまでにクラウド側はどんどん改良されることになるため、きっと壇上でのデモとは比較にならないほど成長した姿を見られるだろう。一方でフロントエンドAIの存在により、ある程度個性ともいえる個体差も生まれることになる。この「個性」がどこまで許されるかは未知数だが、ユーザーによって言葉遣いや判断基準まで違うアトムに育つかもしれない。

気になるサポート期間 - AIBOの二の舞にならないか?

発表会ではあまりたくさんのデモを見ることはできなかったが、「わたしのアトム」そのものに対しては(造形などに若干意見がなくもないが)全体としてはなかなか優れたコミュニケーションロボットに育つのではないかと思っている。ATOMプロジェクトが実施した調査によると、一般ユーザーが家庭用ロボットに期待する機能は主にコミュニケーション(会話)関連だというので、まさに市場のニーズとしてはストライクゾーンだ。

70週かけてのロボット組み立てというのも、電子工作が趣味だった大人の趣味だけでなく、これからロボティクスの未来を担う子供達に興味を喚起するという意味でも意義があると思う(総額約18万円は安くはないけれど)。

ただし、いくつか懸念点もある。1つめは「AIBO」のときにもあった「サポート終了時期」という問題だ。このプロジェクトが何年先までを視野に入れたものかはわからないが、ビジネスである以上、いずれは何らかの形で終わりがくる。

コミュニケーションロボット、それもアトムという強力なキャラクター性にAIによる擬似知性まで与えてしまったのだから、所有者はより大きな愛着を持つだろう。物を言わない、高度なAIも持たないAIBOですら、サポート終了後に故障したことで「AIBOロス」を引き起こす人がいたのだから、アトムでも同様のことが起きるのは想像に難くない。

いまのうちに「最低でもいつまでは修理対応できます」と表明しておいてほしいところだ。あるいはいっそ、サポートが終わったらパーツのデータを公開してもらい、有志などが交換部品を製造できるようにしてもいいだろう。

AIBOではソニーの元技術者らが立ち上げた企業による修理サービスが登場したが、週刊アトムではどうなるだろうか?

一方で、ハードウェアはよくても、コミュニケーションのカギとなるクラウドサービスはそうもいかない。サービス終了でいきなり知性の大半を失ってしまうアトムというのは、少々切ない画ではなかろうか。

2つめはセキュリティの問題だ。今後、IoTがセキュリティの重大な急所となることが指摘されている。家庭の中に入り、ある程度動いて物を壊す可能性もあるだけでなく、個人の会話や画像も収集できるアトムには、特に強力なセキュリティを期待したいところだ。ソフトウェアのアップデートなどで長期にわたる対応を希望したい。

3つめは懸念というか提案に近いが、ハードウェア・ソフトウェアのアップグレードだ。今回発表されたアトムが完成するのは1年半後だが、日進月歩のIT業界だけに、1年半も先にはどんな先進的で革命的なハードウェア・ソフトウェア技術が開発されているかわからない。

いまはぎこちなく歩く程度のアトムだが、一年後には走り回ってジャンプもできる機構と制御ソフトが安価でコンパクトに実現しているかもしれない。こうした周辺環境の進化によってアトム自身も進化させられないだろうか。

ATOMプロジェクトのプレスリリースによると、「新たなロボット端末からBot AIなどの新たなアプリケーションソフトウェアまで、ハードウェアとソフトウェア両面で展開を進めて参ります」とあるため、今回とは別の「高性能アトム」が出てくるのかもしれないが、できればユニット交換などで高度化していくアトムの姿を見てみたい(そして御茶ノ水博士気分を味わわせてほしい)。

ビッグネームを使う以上、どうしても期待が大きくなってしまうが、ATOMプロジェクトには、筆者の懸念が杞憂に終わるような良質のサービス展開を望みたい。