米ハーバード大学の研究チームは1月26日、世界で初めて「金属水素」の生成に成功したと発表した。論文は27日発行の科学誌「Science」に掲載された。

金属水素は、水素分子にきわめて大きな圧力を加えることで金属にしたもので、1935年にその存在が予測されたものの、これまで約80年もの間、生成に成功したことはなく、「高圧物理学の聖杯」と呼ばれていた。

金属水素は室温で超伝導になると予想されていることもあり、もし本当に生成に成功し、なおかつ手軽に扱えるようになれば、送電網からリニアモーターカー、電気自動車をはじめ、さまざまな分野への応用が期待され、私たちの生活を一変させるほどの可能性を秘めている。

そればかりか、地球を回る軌道はもちろん、月や惑星、さらにその先へ簡単に飛べる、夢のような性能のロケットさえ造ることができると考えられている。

水素が金属に変わる様子。透明だった水素(左)が、圧力をかけることで徐々に黒くなり(中央)、やがて金属のような光沢をもつようになった(右) (C) Harvard University

金属水素を使ったロケットの案と、他のロケットとの比較 (C) Harvard University

金属水素とは

この宇宙に最も多く存在する水素。無色透明なので気付きにくいが、私たちの周囲にある大気の中にもわずかに存在しており、また酸素との化合物である水はごく身近な存在である。最近では燃料電池や水素自動車などといった形で水素を利用する機会も増えており、水素社会という言葉も聞かれるようになってきた。

この水素を約マイナス253℃にまで冷やすと液体になり、ロケットの燃料としておなじみである。さらに冷やすと固体になり、液体水素と固体水素を混ぜたスラッシュ水素というものが、次世代のロケット燃料として研究されていたこともあった。

気体、液体、固体、そして水などの水素化合物――。これが、これまで私たちの知っている水素の姿だった。しかし、もうひとつ謎に包まれた姿がある。それが「金属水素」である。

私たちの周囲にある水素は、正確には水素分子の状態にある。水素分子は水素原子が2つつながり、それぞれが1つずつもっている電子をお互いに共有した、共有結合という状態にある。この結合はとても強く、電子は自由に動くことができないため、通常では水素は電気を通さない絶縁体である。これは冷やして液体にしようが固体にしようが変わらない。

しかし1935年に、物理学者のユージン・ウィグナーとヒラード・ベル・ハンティントンは、この水素分子にとても高い圧力をかけると分子が壊れ(解離)、水素の原子が規則正しく並び、それぞれがもつ電子が自由に動けるようになり、水素が導電性の金属になるのでは、という予測を立てた。また、太陽系の木星や土星の中心部のような高温・高圧の環境では、液体の金属水素が存在する可能性が示唆された。

さらに1960年代には、物理学者ニール・アシュクロフトが、固体の金属水素は超伝導性を室温(常温)・常圧の状態で示すのでは、という説を発表する。超伝導とは、物質の電気抵抗がゼロになる現象のことで、現在でも超伝導物質はいくつか存在するものの、どれ極低温まで冷却しなければ超伝導にならないため、使用する際には常に液体ヘリウムや液体窒素などで冷やし続ける必要がある。しかし、もし室温・常圧でも超伝導になる物質があるのなら、その必要はなく、利用できる範囲が大きく広がることになる。

金属水素への道

しかし、金属水素の生成には大きな壁があった。生成に必要と考えられる高い圧力を、どのようにして水素にかけるか、ということである。当初、ウィグナーとハンティントンは水素が金属になるのに必要な圧力を25GPaと見積もった。25GPaというと、私たちの周囲にある大気の圧力の約24.7万倍にもなり、これでも十分高い数字に思えるが、後に金属水素の生成にとっては低すぎることがわかった。

その後も、徐々にかける圧力を上げて生成を目指す実験が続けられたが、100GPaを超えても、さらには300GPaを超えても満足な成果は出ず、ついには400~500GPaが必要、と予測されるに至った。

今回、ハーバード大学の物理学者Isaac Silvera氏とRanga Dias氏の研究チームは、ダイヤモンド・アンヴィル・セル(DAC)という装置を使って水素に495GPaという圧力をかけた。DACは物質に高い圧力をかける実験ではおなじみのもので、2つのダイヤモンドを向かい合わせに設置し、その間に圧力をかけたい物質を挟み、圧力を加える、という仕組みをしている。ただ、それでも495GPaという圧力を加えるのは尋常ではなく、ダイヤモンドの表面をきれいに加工したり、水素が入り込んでもろくなるのを防ぐためにアルミナの薄い膜で覆ったりといった特殊な対策が施された。

実験では、圧力を加えていくのにしたがって、当初透明だった水素が、ある一点から黒くなり、そして495GPaに達したところで輝くような高い反射率を示すようになったという。そしてその反射率から計算した結果、理論的な金属水素の性質の予測と一致したことを確認。研究チームは金属水素が現れたと結論付け、その結果が論文にまとめられ、今回「Science」に掲載された。

ダイヤモンド・アンヴィル・セル(DAC) (C) Harvard University

水素が金属に変わる様子。透明だった水素(左)が、圧力をかけることで徐々に黒くなり(中央)、やがて金属のような光沢をもつようになった(右) (C) Harvard University

ただし、今回生成されたものが本当に金属水素なのかどうかは、さらなる研究を待つ必要があろう。現時点で実験は1回しか行われておらず、また生成された金属水素と思われる物体もまだ装置の中にあるため、取り出して、見て触って金属かどうか確かめられたわけでもない。

また生成方法や、金属かどうかの検証方法にも疑問の声が出ている。たとえば「Science」のライバル誌である「Nature」は、金属光沢がDACに使われたアルミナで、さらにこの圧力下で金属的に変化したものなのではないか、という別の研究者からの疑問を紹介している。

もっとも、実験回数や検証方法が不十分であることは、論文を発表したチームも当然認識しており、今後さらなる実験を続けることや、他の研究者による検証を望むことを表明している。

したがって、本当に金属水素が作り出されたのかどうかに結論を下すためには、もうしばらくの時間が必要になろう。

参考