国際宇宙ステーション(ISS)に水や食料などの補給物資を送り届けた、日本の宇宙ステーション補給機「こうのとり」6号機が、1月28日(日本時間)にISSを離れた。「こうのとり」はこのあと、宇宙にとどまり続けたり人家のある地域に落下したりしないよう、2月6日に大気圏に再突入して燃え尽き、運用を終える。

また、ISSへやってきたときとは逆に、機内にはISSで出たごみが積み込まれており、再突入時に「こうのとり」自身とともに、ごみも処分される。

こうしたことは、2009年に打ち上げられた「こうのとり」1号機から行われており、毎回きっちりと、「こうのとり」自身とISSで出たごみの両方をきれいに処分し続けてきた。そして今回の「こうのとり」6号機では、また別のごみを処分するための、新しい実験に挑む。そのごみとは、使い古された人工衛星や、打ち上げ時のロケットの部品などの、「スペース・デブリ」(宇宙ごみ)のことである。

国際宇宙ステーションと「こうのとり」6号機 (C) NASA

国際宇宙ステーションと「こうのとり」6号機 (C) NASA

スペース・デブリ

1999年から連載され、アニメにもなった漫画「プラネテス」は、宇宙で働くサラリーマンを主人公に、愛と哀しみの入り混じった骨太の物語が展開され、今なお根強いファンの多い名作である。

この作品の主人公は、使い古された人工衛星や、打ち上げ時に出たロケットの残骸、それらから外れたり飛び散ったりした部品などの、「スペース・デブリ」(宇宙ごみ)の回収業者として働き、危険と隣り合わせの日々を送っている。しかし、これは何もフィクションの中の話ではなく、実際にデブリは現実の脅威となりつつある。

デブリは軌道速度、つまり1秒間に約8km進むほどの猛スピードで地球の周囲を飛んでいるため、大きな物体はもちろん、ネジ一つほどの小さな物体でも、運用中の衛星や宇宙船に衝突すると大惨事になりかねない。さらに、衝突によって発生した破片の一つひとつが、また新しいデブリになって、他の衛星にとっての脅威になるという厄介さもはらんでいる。

デブリの飛んでいる高度が低かったり、また大きさや質量によっては、大気との抵抗で比較的早く地球に落下するため大きな問題にはならないが、高い高度にあるものなどは、何年、何十年も飛び続けることもあり、とくに大きな衛星の残骸は、劣化した電池やタンクなどが爆発したり、他のデブリと衝突する可能性も高くなる。

もしこのまま放っておくと、衛星や宇宙船にデブリが衝突するだけでなく、デブリ同士の衝突と合わせてデブリが次々と生み出され、やがて地球は大小さまざまな無数のデブリによって取り囲まれ、あたかも宇宙進出を阻むバリアのようになり、人工衛星を打ち上げたり、運用したりといった宇宙開発ができなくなる危険性もある。実際に2009年には、運用中だった米国の通信衛星と、運用を終えていたロシアの軍用通信衛星が衝突する事故が起きている。最近でも、幸い衝突はしなかったものの、数km以内の比較的近い距離に、衛星とデブリ、あるいはデブリ同士が接近するようなことが起きている。

JAXAによると、NASAが検討した結果、今後打ち上げられる宇宙機に前述のようなデブリを発生させない、自分がデブリにならないような対策を施すと共に、年間5機ずつ大きなデブリを除去していけば、軌道上のデブリ環境をこれ以上悪化させずに維持できると予測されているのだという。

ただ、軌道によって取り返しがつかなくなるまでの時期は異なり、またすでにある軌道ではすでに手遅れだという研究結果を出している研究者もいる。

いずれにしても、デブリを増やさないことはもちろん、すでにあるデブリを積極的に回収していかなければ、宇宙開発に未来はない。

地球の低軌道にあるデブリを可視化したもの。ただし地球の大きさに対して一つひとつの点が大きく描かれているので、実際とは異なる点に注意が必要 (C) JAXA

こちらは地球の静止軌道にあるデブリを可視化したもの。静止軌道は地球の赤道上空約3万5800kmにあるため、このように輪っかのような形になっている。こちらも各点が誇張して描かれてあるので、実際とは異なる (C) JAXA

そこで、近年打ち上げられる人工衛星では、運用終了時に少し高度を下げ、なるべく早く大気圏に落下するようにしたり、そうした衛星を打ち上げるロケットも衛星の分離後に同じように高度を下げるようにしたりなど、新しいデブリを生み出さないための努力が行われている。

一方で、すでにあるデブリをどのようにして処分するかは、今なお手段や方針が決まっておらず、大きな課題となっている。デブリの処分方法としてまっさきに考えらえるのは、デブリを捕まえて処分する、"宇宙のごみ収集車"のような人工衛星だろう。しかし、デブリは猛スピードで飛んでいるため捕まえるだけで一苦労で、さらに捕まえても軌道の高度を落とすのに大きなエネルギーが必要なため、そうした衛星は大きく複雑になる。衛星の残骸1機を処分するのに、処分用の衛星1機を毎回新しく造って打ち上げていては割に合わない。

そこで、たとえば割に合うような衛星の処分に関しては、そうした処分用の衛星に任せるようにしたり、あるいは大きな衛星から小さな衛星を放出できるようにし、デブリの近くへの移動・接近は大きな衛星で、実際にデブリに取り付き、軌道から離脱させる役目は小さな衛星で、というふうに役割分担するようにしたりといったやり方が考えられている。

欧州宇宙機関が研究しているスペース・デブリを処分する衛星の案。投げ縄漁のように大きな網でデブリを捕まえるという方式 (C) ESA

その中で、今回「こうのとり」はまったく異なる、新しい処分方法の実験に挑もうとしている。それが「HTV搭載導電性テザー実証実験」である。

電気の力でデブリを落とす

「HTV搭載導電性テザー実証実験」では、まずISSから離れ、単独飛行する「こうのとり」6号機から、長さ約700mのテザー(ワイヤー、ひも)を伸ばす。そしてこのテザーに10mAほどの電気を流すと、地磁気(地球が持つ磁力)との影響でローレンツ力という力が発生する。この原理は理科の授業で習う、有名な「フレミングの左手の法則」と同じである。

そしてこの力を、「こうのとり」の進行方向とは反対の方向にかかるように、つまりブレーキをかけるように使うことで、軌道を飛ぶ速度を落とし、地球の大気圏に落とそう、というのである。

この仕組みは、エンジンを噴射するほど大きな力は出せないものの、装置をシンプルに、また安価に作ることができる。たとえばデブリへのテザーの装着も、とにかくデブリにくっつきさえすれば良いので、フックのようなもので引っ掛けたり、テザーをぐるぐる巻きにしたりといった簡単な仕組みで良い。なにより、エンジンが不要で、ただテザーに電気を流すだけで良いという利点も大きい。

KITEを行う「こうのとり」6号機の想像図 (C) JAXA

KITEを行う「こうのとり」6号機の想像図 (C) JAXA

宇宙の実験場となる「こうのとり」

ところで、「こうのとり」でこのような実験が可能になったのには理由がある。

「こうのとり」は、有人宇宙船にとても近い、無人の宇宙機である。日本がそのような宇宙機を開発するのは初めてだったため、機体のさまざまな箇所が安全性を重視した(言い方を変えれば無駄の多い)つくりになっていた。

しかし、号機を重ね、製造や運用がこなれてきた中で、不要で無駄な部分を取っ払ったり、設計や機器を変えてより性能を上げたりといったことができるようになった。そしてその中で、多めに搭載しすぎていた太陽電池パネルの数が削減され、これまで太陽電池が搭載されていた部分の一部のスペースがまるまる空くことになった。そこでJAXAは、「こうのとり」4号機から、この空いた部分に実験装置を取り付けられるようにしたのである。

従来、こうした実験を行うには、専用の人工衛星を開発して打ち上げる必要があり、多くの時間とお金が必要だった。しかし「こうのとり」を利用することで、比較的気軽に実験を行うことができる。

すでに4号機、5号機で、実際にこの部分を利用した実験が行われており、また6号機では、今回紹介したKITEのほかに、薄くて軽く、それでいて高い効率で電気を作り出せる、新しい太陽電池の実験装置「SFINKS」も搭載されている。SFINKSは「こうのとり」6号機の打ち上げ直後に実験を開始しようとしたところ、残念ながら開始直後からデータが途絶え、実験が行えない状態が続いているという。

SFINKSで実験が行われる新開発の薄膜太陽電池 (C) JAXA

赤い四角で囲ってある部分が、SFINKSの搭載場所。ここはかつては「こうのとり」の電源となる太陽電池パネルが貼られていたが、改良により不要になった (C) JAXA

しかし、「こうのとり」を使った実験の機会は今後も続く予定で、再挑戦はもちろん、さらに新しい技術の実験も行われるだろう。

「こうのとり」は2009年の1号機打ち上げ以来、5機連続で、無事故で安定したミッションをこなし、まもなくその記録が6機になろうとしている。ISSに補給する物資と、そして新しい技術の実験装置を載せて飛び続ける「こうのとり」が、その由来となった鳥にまつわる言い伝えどおり、宇宙開発と私たちの未来に幸せを運んできてくれることを願いたい。

※追記
JAXAによると、「こうのとり」6号機は1月28日の夜からKITEの実験を始めたものの、KITEのテザーの先端部となるエンドマス(おもり)の放出や、テザーの伸展ができなかったという。1月31日の時点で、状況の確認ならびに対策の検討を行っている。引き続き、エンドマス放出の再試行等を含む実験運用を進めていくとのこと。

なお「こうのとり」6号機自体は計画どおり飛行しており、この実験のトラブルによる再突入に向けた運用への影響はないとしている。

【参考】

・宇宙ステーション補給機 「こうのとり」6 号機(HTV6) 【ミッションプレスキット】
http://fanfun.jaxa.jp/countdown/htv6/files/htv6_press_kit.pdf
・HTV搭載導電性テザーの実証実験(KITE)の詳細:研究開発部門
http://www.ard.jaxa.jp/research/kite/kite-details.html
・HTV搭載導電性テザーの実証実験(KITE):研究開発部門
http://www.ard.jaxa.jp/research/kite/kite.html
・Pick Up:研究開発部門
http://www.ard.jaxa.jp/pickup/pickup-2016.html ・宇宙ステーション補給機「こうのとり」6号機特設サイト | ファン!ファン!JAXA!
http://fanfun.jaxa.jp/countdown/htv6/