私たち人間は健康な状態で吐くことはほとんどなく、嘔吐(おうと)が見られた場合、胃潰瘍や食中毒など怖い病気を考えなくてはいけません。一方、猫にとって吐く事は必ずしも異常ではなく、生理的なメカニズムである事は多くの獣医師が認めています。なぜ猫はよく吐くのか、それは猫の生活スタイルや食性と関係していそうです。

なぜ猫はよく吐くの?(写真と本文は関係ありません)

ヘアボール(毛玉)

ある研究では、猫は1日の3.6時間を毛づくろいに費やしていることがわかりました。そして猫の舌にはトゲが生えており、その間に毛が絡まりやすく、被毛を飲み込んでしまいます。ほとんどの被毛は便と一緒に排出されますが、一部は胃に残って"だま"になり、それが大きくなるとヘアボール(毛玉)になります。

ザラザラなベロ

ヘアボールがあると不快感を感じ吐き出します。短毛猫に比べて長毛猫の方が毛玉を吐く頻度が高いのは容易に想像がつきますが、実際にどのくらいヘアボールを吐き出す回数が違うのかは科学的な検証がされていませんでした。そこに疑問を持ったイギリスの獣医師が、毛玉を吐く頻度について短毛猫と長毛猫のオーナーさんにアンケートを行いました。次の表が結果になります。

イギリスの獣医師による、猫が毛玉を吐く頻度のアンケート

「1年に2回以上毛玉を吐く」が短毛猫では26%なのに対して長毛猫では55%と、やはり長毛猫の方が毛玉を吐く回数が多いのは間違いなさそうです。一方で、長毛猫であっても24%は毛玉を吐いていないという事実は「うちの猫、毛玉を吐かないんですけど大丈夫ですか?」と心配されるオーナーさんに対して良い回答になると思います。

獲物は丸のみ

猫の食事は小鳥やネズミなどの小動物です。これらをほとんど丸のみに近い状態で胃に運びます。人の奥歯は臼歯といって、臼(うす)のように食物をすりつぶすことで、唾液中に含まれる消化酵素と一緒に消化が始まります。一方でネコの奥歯は裂肉歯といってハサミのような構造をしており、飲み込めるサイズまで食物を切るだけです。また、猫は唾液中に消化酵素を含みません。

人間は口の中で第一の消化が始まりますが、猫にとって口は食物を胃に送るための器官に過ぎません。そのため獲物の骨や被毛ごと胃の中に入ります。獣の被毛は猫といえど消化する事はできず、やはり便と一緒に排せつするか吐き出さなければいけません。

猫は食道の通過時間が遅い

また、四足歩行動物である猫や犬は、食道が地面と平行になっています。そのため食道の筋肉が動いて食物を胃に運ばなければいけません。犬の食道は全体が横紋筋という意図的に動かせる筋肉で構成されているのに対して、猫の食道は後ろの方が平滑筋という意識的に動かせない筋肉でできています。

実際に猫は食道の通過時間が長く、カプセルを飲ませた実験では胃に到達するまで5分以上かかりました。早食いの猫が、フードの形のまま吐いてしまっているのは、食道で渋滞が起きているためです。

その他、防御機構として

誤って腐敗した肉や毒性植物を食べてしまった場合に備えて吐きやすいという意見もあります。野生の猫は植物をほとんど摂取しないため、植物を代謝する力が低下しました。その結果、犬や人と比べて食べてはいけない植物がとても多いです。

最後に

これまでの話をまとめると、丸のみという食事スタイル、毛づくろい時の毛の飲み込み、そして舌のトゲトゲや食道の構造などが、猫がよく吐く動物である理由だと考えられます。一方で、嘔吐(おうと)は胃の運動性低下や食物に対するアレルギーなど胃腸の病気の可能性もあります。また、毛玉を多く吐くのは、皮膚がかゆくて舐(な)める時間が増えたことで、被毛を多く飲み込んでいるからかもしれません。

猫は吐く動物であるからといって、気にしないでいると体調の変化を見逃してしまうかもしれません。吐く回数が増えたり、変な色の胃液を吐いたりする場合は必ずかかりつけの獣医師に相談してください。

著者プロフィール: 山本宗伸

獣医師。猫の病院 Syu Syu CAT Clinic で副院長を務めた後、マンハッタン猫専門病院で研修を積み帰国。現在は猫専門動物病院 Tokyo Cat Specialistsの院長を務めている。ブログ nekopeidaも毎月更新中。