東京と京都に2つの撮影所を持ち、時代劇や任侠映画の伝統がある映画会社の東映。近年は『疾風ロンド』や『ぼくのおじさん』など幅広いジャンルの作品も手掛けている。

またテレビ作品では『相棒』『科捜研の女』といった刑事ドラマから、『仮面ライダー』『スーパー戦隊』などの特撮シリーズまで着実にヒット作を連発。その東映が、実に11年ぶりに作品の中核を担う芸術職を募集する。

今回募集となるのは助監督と脚本家の2職種。採用されれば、実際のドラマや映画の現場に入り、研修を受けていく。そして3年の契約期間を終えれば、優秀者はフリーとして作品単位での契約の機会も与えられるという。3年間という期間が設けられていることはシビアながら、そこへいたる道筋自体が都市伝説化している感のある演出家・脚本家という狭き門にチャレンジするための、これ以上ないスタート地点に立つことができる。

芸術職募集の狙いについて、数々のドラマ作品のプロデューサーを担当し、今回の採用を統括する常務取締役・手塚治氏に聞いた。

東映の常務取締役・手塚治氏

――2005年以来となる芸術職募集ですが、11年という期間をおいたのには理由があったのでしょうか。

前回の募集では、3年間の研修期間が終わったあとも、実際に助監督採用の方は撮影所、脚本家採用の方はドラマの現場などで実務作業していただいておりました。そのため芸術職の人員というところでは我々の一定の目標に到達したと認識し、今日まで連続して募集するまでには至らなかったというところですね。

それがなぜ今かというと、京都・東京の両撮影所やテレビ・映画セクションから「現場で助監督の人材が足りなくなっている」という声が一斉にあがってきたためです。一方、脚本家も然りで、常に新しいシナリオライターを探しているという状況ですので。

――それまでにはコンスタントに募集してきたのですか?

私たちの入社した頃は、一般職とは別にプロデューサー職採用というのがありました。さらに遡ると、例えば深作欣二監督の頃は、まさしく芸術職採用があったほか、技術職といったさまざまな採用形態がありました。その後は時代的にも職種を分けないようになったので、久しくそのような採用方式はとってきませんでした。ですが、私たち映像業界はかなり専門性が高い仕事もありますので、これを機会に芸術職募集を復活させようということですね。

――動画配信など、コンテンツを発信するメディアが増えたことも、人材不足に影響しているのではとも考えられるのですが。

配信でいえば、iPhoneさえあれば短尺な映像は撮れてしまいますし、プロフェッショナルユースの機材ですら個人で購入可能な場合も多い。映像制作が非常に身近になって、一人でも作れたりする時代になってきています。ですが、それは例えるならあくまでも個人が趣味で作る"手作りケーキ"みたいなもの。我々が必要としているのは、プロフェッショナルな技術を駆使して一般の観客や視聴者が喜ぶサービスを提供出来る"パティシエ"なんですね。最上級のエンターテインメントを作るための人員を探しているということなんです。

今回の募集では、すでにプロとして通用する能力を持っている人を求めますということではありません。意欲やセンスのある人たちに、スキルを高めていくチャンスを、3年間提供したい。そして一緒に作品を作っていきたいということですよね。

――2016年は『君の名は。』や『シン・ゴジラ』など邦画が邦画史上に残るヒットを記録した年でもあります。邦画をめぐる最近の状況は変わったとお考えですか。

本質的に取り巻く環境は変わっていないと思います。例えば、車であれば月の生産台数や売り上げから推定される数字にそれほど差が出ない。けれども映画の場合は、公開前に想定した興収よりも、公開後、予想成績の何倍もの数字を稼ぐ大ヒット作に化けることもあります。映画は通常のビジネスと違い、全く予測不可能な面がありますよね。その本質は変わったとは思わないですね。

その一方で、映画だけではなくあらゆるジャンルでみられる傾向ですが、SNSなどの影響で、圧倒的にヒットする商品が生まれている。加えて、シネコンが定着した結果、ヒットした映画は上映館数がどっと増え、逆に不入りな映画は上映回数がどんどん減らされたり。映画の勝ち組・負け組の差がさらに激しくなっている印象があります。

――そういった現象やビジネスとしての性質が、映像の現場で若手が不足している原因にもなっているのでしょうか。

若いスタッフが育ちづらい原因は、現在の製作現場が作品ごとの契約になっているからだと思っています。今回我々が提供する場は、撮影所をベースとしているので、クランクインからクランクアップまでの実務の時間だけではなくて、その前後で製作部のプロデューサーと話したり、撮影所所属のスタッフ、あるいは別の組のスタッフと話したり、お酒を飲みに行ったり、幅広くコミュニケーションをとる機会が得られる。こういう仕事の"余白"がけっこう大事なんですよ。それこそ、昔撮影所のもっていた機能なのではないでしょうか。仲間を見つけたりライバルを見つけたり、ほかの人の手法を見て勉強することができる場が撮影所です。そこで修行出来ることは、今回募集する芸術職のメリットであると思っています。

一方で最近感じるのは、"基礎力"のある人が減っているということです。配信やインターネットを通して誰もが容易に映像や文章を投稿出来る、発表の場があることで、「修練する場」がない。本来は、繰り返し繰り返し基本を重ねることで、自分自身の表現力が磨かれるわけですよ。そういうことが必要なんじゃないかと。今は配信を通じて、質の低いものでも世間に出てしまっている。"基礎力"のある若手を育成できていない現状に対する今回の芸術職募集は、弊社のように撮影所をもっている大手映像制作会社の自戒でもあるんですけれど。

――"基礎力"とは具体的にどういったことなのでしょう。

まずは自分が表現したい何かをもっているかどうか。そしてその何かを表現する能力をいかに高められるかですね。より的確な言葉を選べるか、適正なカットを選べるかという取捨選択にしても、やはりトレーニングが必要です。

それに加えて我々の場合は、撮影現場スタッフが50人、そのプロジェクトの背景に関わる人が100人という大所帯がチームとなって作業します。チームをうまく運営するために、どう動くべきかを見極め、実際に行動する能力というのも表現力の一つとして必要だと思うんですね。このあたりは、やはり撮影所や映画会社のような仕組みの中でしか育てられないのかなと思っています。

――応募者のレベルはどの程度を想定されていますか? 例えば、脚本家であれば脚本学校をでていることが必須であるとか条件に設定されていますか。

必ずしも特定の訓練を受けてないと困るというわけではありません。スクールに行かなくても自分で努力されている方もいますから。

――求める人物像は?

どの企業でも基本は一緒だと思うんですよ。人との折衝力や、二度と同じ失敗を繰り返さない学習能力などはどの仕事でも必要だと思います。

その上で、演出や脚本という仕事では根幹に好奇心が必要です。恋愛経験とか家族のことなど、自分の身近なことだけならば、一回や二回はうまく作品にできるかもしれない。でも、プロの脚本家であれば、将来50~100本を書かねばなりません。そうなると自分の経験したものだけでは対処できない。だからアウトプットのためのインプットを続けることが大事で、インプットしていくにはやはり好奇心が必要ですよね。

そして文系の芸術家的なセンスももちろん必要なのですが、それを適正に脚本におとしこんだり、演出するコンテにできたりする論理性が不可欠だと思うんですよ。例えば面接では、「私は○○が好きです」と言った後に、「なぜそれが好きか」という理由を説得力をもって言えるようにしておいてねということです。この仕事は、自分の思いを分析する能力を要求されますから。

実際にTVドラマの制作現場でも、脚本家はTV局のプロデューサーや監督、そして制作会社である東映のプロデューサーという、多くの人たちとの共同作業になります。そのため、いろんな人たちの意図をくみ取る能力と、その意見を取捨選択するセンスが問われるんです。やっぱりさまざまな意見から組み立てができることが大事だと思うんですね。

助監督も同様で、現場では50人近くの人間が動いていて、撮影や録音など各パートがさまざまなオーダーを出してくるわけですよね。それを交通整理して優先順位をつけられるか、何故あなたのことが1番に優先されず5番目なのかを明確に説明できるか、伝えられるか。相手に「なるほど!」と納得させる論理が必要なのです。

――実際に採用された方はどんな仕事をされるのでしょうか。

助監督は東京、京都いずれかの撮影所で働くことになります。そこで助監督のスタートである「サード助監督」の見習いから始めます。具体的な作品に付いていただくOJTですね。脚本家でいえば、最初はテレビ企画制作部のプロデューサーがマンツーマンで指導し、実際の脚本作りに参加してもらいます。"プロットの千本ノック"とよく言うんですけど、書いては直し書いては直しという作業です。それを実際にドラマを作っている現役のプロデューサーとやっていきます。

――その後はどういう道があるのでしょうか。

3年たったら、東映専属ではなくてフリーとしてやってもらう形になります。そこから先の道筋は本人の頑張り次第です。現在活躍されている脚本家の岩下悠子さんも東映の芸術職出身ですが、今も『科捜研の女』など東映制作のドラマの脚本を数多く担当していただいていますし、他社作品、例えば東宝さんが来年公開を予定している映画『3月のライオン』にも脚本チームの一員として参加されています。

――他社と比べて東映さんの作品作りの体制の特徴はどういった点にあるとお考えですか?

大雑把に言えば、岡田茂前名誉会長も製作部出身ですが、製作部がリーダーとなって作品を牽引して作っていることでしょうか。だからこそ、いい意味でのプログラムピクチャー(あらかじめ決まった年間の上映スケジュールを前提に制作・公開される作品。東映では「トラック野郎」シリーズなどが代表的)を作り続けてこれたのです。他社と比較すると、そういう違いがもしかしたらあるのかもしれません。そしてプログラムピクチャーがあるからこそ、若手を育てられる環境を作ることができるともいえるかもしれません。

特撮もアニメも、1年間シリーズとして同じ番組が放送されているからこそ、その中で若手も修行ができるということですね。10本ワンクールで終わってしまう番組ではなかなかそういうわけにはいかないですから。

――手塚さんが考えられる、脚本家・助監督の理想像を教えていただけますか?

「自分の内なるもの」から何かを生み出そうとしがちなのですが、そういうものは1・2本作ったら終わっちゃうんですよ。ですから、プロには興味をもつ対象の取材・調査をする好奇心が必要だと思うんです。そういう人がオリジナルを生み出すこともできるんじゃないか。つまり、コピーしてペーストするというカルチャーが、今や我々の日常になっているわけですけど、一点自分のとっかかりを見つけたら、それを探究していくことができる人こそが時代を越えて魅力的な作品を作っていけるんじゃないか。

「どうやったら時代に乗れるか?」という質問を受けることが多いんですけど、実際は逆ですよね。時代に乗ろうとすると、いつも半歩遅れになってしまう。時代を超えるというとオーバーですけど、そういうものを見つけた人が周りから評価される、ヒットもするかもしれない。そのためには自分が興味を持つ対象を探求していく執念がある人がいいですね。今回の募集で、日本の映画界・テレビ業界を背負っていくような方たちに出会えればと期待しています。

東映 芸術職は公式サイトにて応募が可能。2017年1月6日がエントリー締め切りとなる。エントリーシート締め切りは1月10日必着。募集は助監督・脚本家で若干名。