Amazon Web ServicesとVMwareは2016年10月、AWSのサービスの上でVMwareの機能をフルスタックで提供するサービス「VMware Cloud on AWS」を発表した。これまでデータセンターのサーバを統合するために使ってきたVMwareのポートフォリオを、そっくりそのままAWSで提供するというものだ。この発表は少なからず、IT業界の関係者を驚かした。なぜなら、これまで両者は競合する関係でこそあれ、協同する関係になるとは思われていなかったからだ。

「VMware Cloud on AWS」を利用すると、これまでデータセンターで構築してきたVMwareによる仮想化環境および管理環境をそっくりそのままAWSに移行させることができる。すべて移行させることも、移行せずに既存のデータセンターと「VMware Cloud on AWS」を同時に利用することも可能だ。既存のVMwareの環境に加え、さらにAWSが提供するデプロイのスピードと高いスケーラビリティが手に入るということになる。企業が抱えるデータセンターの次の形として興味深いサービスとなるだろう。

AWS re:Invent 2016において、同サービスに関するセッションが開催されたので、その模様をお届けしよう。講演を行ったのは、Amazon Web Servicesでソリューションアーキテクトを務めるPaul Bockelman氏だ。

Amazon Web Services ソリューションアーキテクト Paul Bockelman氏

ごちゃ混ぜが可能な点が最大の魅力

「VMware Cloud on AWS」の最大の魅力は既存の環境と混在が可能なという点だ。ライセンスのスキーマも従来と同じで、もちろん管理コンソールも同じだ。管理者側から見た上っ面はvCenter Serverとなり、「VMware Cloud on AWS」を導入してもこれまでと同じように管理できる。

「VMware Cloud on AWS」で想定される典型的なユースケース

これは極めて重要なポイントと言える。「データセンターをクラウドサービスに移行させる」または「データセンターとクラウドサービスの双方を併用する」といった場合、混在させることが不可能ではお話にならない。データセンターとクラウドサービスの双方を同時に利用できなければ、移行も併用も実施できない。

「VMware Cloud on AWS」ではこの「併用」が最初から織り込まれている点が注目に値する。データセンターからAWSにサービスを移行させる方法が提供されていることはもちろん、併用するための仕組みも機能も用意されている。ユーザーはデータセンターもAWSも同時に管理することが可能なのだ。

「VMware Cloud on AWS」を使った管理モデルのサンプル

クライアントはバックエンドのシステムをデータセンターからAWSに移行させたいと考えるかもしれないが、管理の方法を変えたいとは思わない。「VMware Cloud on AWS」はその点を押さえており、管理者にかかる負担を低減している点がうれしい。

「クラウドへのお引っ越し」に応えるIT業界

VMwareの仮想環境がAWSで動作する――一見、不思議な感じがするかもしれないが、こうした動きはもう数年にわたって続けられてきた流れの延長線上にある。世界中の企業は自社のデータセンターのシステムをAWSなどのパブリッククラウドに移行させる取り組みを進めており、アプライアンス・ベンダーがそうした動きを率先してきた。

アプライアンス・。ベンダーがAWSへ移行するというのは妙な話に思えるかもしれないが、実際に起こっていることだ。例えば、これまで企業の大量のデータはデータセンターにデプロイされたストレージアプライアンスに保存されてきた。これをストレージアプライアンスごとクラウドサービス上に移行させたいというのが、クライアントの新たな要求だ。

ハードウェアを提供しているアプライアンス・ベンダーとしては、困った要求になるが、クライアントの要望に応えなかったら、同様のサービスを提供したクラウドサービスに顧客が流れてしまうことになる。そのため、アプライアンス・ベンダーはアプライアンスで用いているOSおよびソフトウェアをAWSなどのクラウドサービスに移行させる取り組みを行ってきた。

VMwareが自社の製品をAWSに対応させるというのも、いわばこれと同じだ。既存のVMwareの顧客が物理データセンターからクラウドサービスへの移行を望んでいる。対応しなければクライアントを失うことにもなりかねない。AWSにおけるVMwareの提要はVMwareとしては自然な流れだ。

できること、できないこと、見極めが大切

データセンターをクラウドサービスに移行する取り組みがここ数年のトレンドになっているが、「このトレンドに取り残されないように、自社もデータセンターへの移行を進めなければ」と考えてしまうのは、ちょっと早計かもしれない。

クラウドサービスは銀の弾丸ではない。オンプレミスやベアメタルのサーバとクラウドサービス上のリソースは提供する性能の質が違う。無理にクラウドに移行させれば、性能劣化や管理の複雑化を招くのは想像に難しくない。流行に乗っておけばよいという類いのものではないのだ。現在の環境で十分に需要を満たしているなら、無理に移行を検討する必要はないだろう。

「VMware Cloud on AWS」はその点、既存のデータセンターの内容をそのままにしながら、追加でクラウド環境も利用できるという点が強みだ。とりあえず導入して使い出してみて、それが自社の要求に合うものであるかどうかを確認できる。必要であればさらに利用する範囲を拡大し、合わないと思ったら利用を止めればよい。クライアントに新しいオプションを提供するサービスの登場と言える。