SOHOや病院、小規模店舗などで業務用カスタム Appを開発する際に便利なのがFileMaker Proだ。開発の容易さもさることながら、iPhoneやiPadなどのモバイル機器との連携の容易さも大きな魅力となっている。徳島県三好郡・東みよし町の「ゆうあいホスピタル」でも、院内の薬局での業務管理にFileMaker ProとiPadを使った薬剤識別支援システムを運用している。システム開発担当の木村 敦氏に、開発にまつわる苦労や工夫についてお話を伺った。

医療の情報化で薬剤師の負担を減らす

ゆうあいホスピタルで薬剤師として活躍する木村氏は、以前は徳島大学大学院医学教養部で薬剤識別の研究をされてきた。在学時からFileMaker Proを使って業務の効率化を図っていたというベテランユーザーだ

ゆうあいホスピタルでは院内の薬局において、薬剤師が大量の薬の中から必要なものを探し出すための薬剤識別支援システムとしてFileMaker Proを利用している。iPadにインストールされたFileMaker Go上で薬剤識別支援システムを走らせ、薬の形状や大きさ、色などをタッチしていくと、目的の薬が絞り込まれていく。最終的に複数の候補がでてきた場合でも、タブレットなので窓口や病室でも患者自身に確認してもらうことができるというわけだ。

看護師はiPad miniを使用。薬剤のストッカー前だけでなく、薬局の窓口や病室など、どこでも軽快に作業できる。モバイル端末でもシステムをそのまま運用できるのはFileMaker Goならではのメリットだ

薬剤部ではiPad Proを使用。広い画面を生かし、通常のiPadとは異なるレイアウトでの表示が可能。ほぼ2倍の解像度を利用して、より豊富な情報量を提供している。日本語入力には「mazec for business」を採用し、スタイラスペンでの手書き入力も利便性をさらに高めている

木村 患者さんがほかの病院にも通っていらっしゃる場合であれば、そちらでもらっている薬との飲み合わせ。あるいは転院されてくる際に持参される薬を引き継ぐ必要があります。お薬手帳などがあればいいのですが、患者さんに伺っても『赤い血圧の錠剤をもらっていますが、こっちの薬と一緒に飲んで大丈夫ですか? 赤い薬の名前はわかりません』といった答えが返ってくる例が案外多いのです。色ひとつとっても、見る人によって色の判別や表現が異なるため、非常にわかりにくいというのが実情です。 

こうした場合、これまでは色と形から薬を調べていたのだが、時間も手間もかかる大変な作業だった。そこでこれを簡略化できれば業務の負担が軽減できるのではないか、という目算から、開発に取りかかったのだという。FileMaker Proの導入以前、ゆうあいホスピタルでは、Microsoft AccessやExcelを使って業務を管理していた。しかし、木村氏自身が大学院在学時からFieMaker Proを使った業務効率改善の研究をされていたことや、FileMaker Proは開発にプログラミング言語を習得する必要がなく、開発難易度が低いこと、さらにスマートフォンやタブレットを活用し、業務現場での素早い対応が可能になるといった理由から、FileMaker Proが選ばれたという。

また、木村氏は「FileMaker ProはMacでもWindowsでも動作するといった点も大きなポイントでした」と指摘する。今でこそMacユーザーも増えたが、事務関連の部門ではWindows PCを使っている環境も多い。そんな環境でも容易に導入できるのは、クロスプラットフォーム環境に対応したFileMaker Proならではのポイントだといえるだろう。

現在ゆうあいホスピタルでは、iPad miniを各部署に配置してあり、開発は木村氏のMacBook Proで行なわれている。取材に訪れた際にはちょうどiPad Proを使ったテストも行われていたが、「画面解像度が高いことから1画面に表示できる情報量が多く、特に横画面モードでは従来の縦画面モードを2つ並べたような表示ができるのが魅力です」とのことだった。画面に表示する内容が多いシステムを計画している場合は、FileMaker GoをインストールするクライアントにiPad Proを用意してみてもいいのではないだろうか。

木村氏によれば、複数のレイアウトを効率よく管理し、トライ&エラーでテストできるのがFileMaker Proの強みのひとつだという。院内システムはすでにレイアウトだけで数十ものバージョンが、iPad ProやiPhone用を含めて大量に作られていた

iOS App SDKを使った開発も魅力だが…

木村氏はゆうあいホスピタルで薬剤師として活躍するかたわら、「薬速合同会社」という会社を立ち上げた。。実はこの会社が配布している「薬速」というiOS用アプリが、4月に発生した熊本地震を通じて広く使われるようになったのだが、これにもFileMaker Proが絡んでいるのだ。

熊本の震災に対応するかたちで、薬速2016(2,800円)が4月から5月までの間、無料で配信された。最新版ではインタビュー時に開発中だったApple Watch用アプリの提供も行なわれており、Apple Watchから音声で検索できる

実は「薬速」シリーズのいくつかのアプリは、FileMakerの「iOS App SDK」を使って開発されたものだ。iOS App SDKを使うと、FileMaker ProのソリューションをiOSネイティブのアプリとして書き出すことができる。FileMaker Goと違うのは、FileMaker Goがない環境でもインストールできる、ほかのiOSアプリと同様の配布方式(App Store含む)が利用できる、アプリのアイコンや名前も自由に設定できる、といった点などが異なる。

「薬速」はゆうあいホスピタルの院内システムと同様の薬剤データベースを持っており、やはりタッチ操作で錠剤を特定できるアプリだ。震災における医療現場では、避難した人たちが必要な薬を特定するのが難しいということもあり、社会貢献という観点からも本来有料だったアプリを無料配布に切り替えた。このおかげで4万人以上がダウンロードし、実際の避難現場でも活躍したという。木村氏は「徳島南部にある祖父の実家は、昭和南海地震で被災しており、幼い頃から南海地震対策の必要性を叩き込まれて育ったことも、こうした貢献に影響しているのかもしれません」という。

FileMaker ProのソリューションからiOSネイティブなアプリを作れるということで非常に魅力的なiOS App SDKだが、これを使えば誰でもApp Storeでアプリを配信できると思うのは早計だ。木村氏によれば、かなりハードルが高い行為だという。「まずアプリを配布するには、Appleと英語でコンタクトしなければならないという壁があります。また、アプリのユーザーインターフェースなどに対する要求が非常に高く、FileMaker Proの流儀で作ったインターフェースはiOSの流儀に変更しなければいけません。インターフェースは動作するすべてのiOSデバイスに合わせて最適化しておく必要があります。iOS App SDKの説明書には「MDMでの利用を考えている」と書いてあるので、あくまで組織内用のアプリ(In-Houseアプリ)に限定して考えたほうがいいでしょう」と、経験者ならではの的確な指摘をいただいた。

ゆうあいホスピタルのシステムは、現場で働くスタッフの声を反映し、非常に使い易いものになっていた。まさに現場のユーザーが実際に使って評価と改善を繰り返して成長させたものであり、そういったビルド&リファインを手軽に行えるのも、FileMaker Proの使い勝手の良さを表している。開発に専門的なプログラミング知識を必要とせず、モバイル機器への展開も容易なFileMaker Proは、小規模なシステム開発に多大なパワーを発揮できるソリューションだ。ぜひ様々なシーンで活用し、業務の効率化に役立ててほしい。