10月22日・23日、東京・中野サンプラザで秋のヘッドフォン祭 2016が開催。finalブランドは、200台限定・約450,000円のイヤホン「LAB II」の製品説明会と試聴会を行った。

10月22日に200台限定で発売開始した「LAB II」

発表会には、finalブランドを運営するS'NEXTの代表取締役社長 細尾満氏が登壇。このたび発売した「LAB II」の開発経緯や製造工程について説明した。

LAB IIは、finalが2014年に投入したチタン製イヤホン「LAB I」を継ぐ製品だ。LAB Iと同じく造形に3Dプリンタを用いており、メッシュのデザインが特徴的な「フルオープン型イヤホン」と位置づけている。

S'NEXT 代表取締役社長 細尾満氏

2014年に発売された「LAB I」

海外で披露した際は「デザインの美しさ」を褒められることが多々あったと言うが、LAB IIにはデザイナーが付いていない。サウンドを突き詰めた結果、この形になってしまったのだ、と細尾氏は話す。

サウンドで狙ったのは「アコースティックライブの音場感をイヤホンで実現すること」。

そのためには広い音場が必要で、オープン型を採用してイヤーピースを省き、振動板の前面にイコライザーを設置。また、低域を気持ちよく再生するため、音導管を耳道の奥まで挿入できる形状にしている。さらに、3Dプリンタでの造形時には、放熱を考慮する必要があって……と、多くの課題が浮かび上がったが、これら全ての解決策として、今回のデザインが選ばれたという。

惚れ惚れするほど美しい

3Dプリンタでの造形にあたり、大きな助けとなったのは、NTTデータエンジニアリングシステムズのエンジニアたちだ。独自のメッシュ構造も、同社のエンジニアたちが編み出したもの。そういった意味では、エンジニアたちがLAB IIのデザイナーといえるのかもしれない。また、最適な形状を決定するまでには、3D画像とCTスキャン画像で確認しながら試行錯誤をし続けたという。

形状を詳しく見ていくと、背面の開口部は二重のメッシュ構造を採用。また、音が出る部分「音導管」の出口は同心円を描くような設計で、一番薄い部分は約0.2mm厚になっている。ここを造形するのは極めて難しく、何度も失敗を重ねたのだとか。

背面の開口部は二重のメッシュ構造

音導管の出口は同心円状に

「3Dプリンタは、ボタンを押すと魔法のように物が出てくると思われているが、それは間違い」と細尾氏。LAB IIの造形にあたっては、チタンの粉末の上にレーザーを当てて一瞬で溶かし、さらにもう一層チタンの粉末をかけ、またレーザーを照射。この作業を繰り返し、金属の層を重ねていくことで、形をつくっていったという。

なお、完全に積層されるまでの時間は約20時間。長時間にわたり3Dプリンタを稼動し続ける電気代などを考えると、コストは高いといえるだろう。そして、きょう体が出来上がったあとも、完成物をワイヤーカッターで取り外す作業が必要だという。

試作品たち。ひえー! 細かい!

筆者は「CTスキャン」という医療チックな用語が出てきたあたりから、イヤホンの説明であることを見失いかけていた。あと、finalブランドはとても好きだけど、ここで働くのはちょっと大変そう……。

そんなことを思っているうちに、細尾氏が「ここからは地獄の手作業です」と言い出した。そして、3Dプリンタ造形のあとの手作業パートについて話し始める。ここから手作業とか、もうやめてあげてほしい。

地獄の手作業パート突入

まずは、サポーターと呼ばれる「造形する上で必要だけど実際の製品にはいらない部分」などを外し、細部をニッパーやリューターで整えて調整。素材がチタンであることを考えると、作業者の苦労が思いやられる。

ここからはきょう体を磨き上げる、研磨パート。LAB IIは「化学研磨」という方法をとったが、この作業はどの会社に頼んでもやってくれなかったので、自社でなんとかしたという。なんとかって何だ……。

ドライバーユニット表面

ドライバーユニット裏面

もちろん、ドライバーユニットもかなりの凝りっぷりだ。ダイヤモンドコーディングなどあらゆる素材を試した結果、6ミクロンの極薄PET素材を採用。ドライバーユニットのパーツであるポールピースとヨークに純鉄を使うことで、磁気歪みを低減している。なお、ドライバーユニットはすべて神奈川県川崎市の本社で製造する。

ケーブルは、スーパーコンピューター「京」のケーブルを製造する潤光社と共同開発。タッチノイズを抑制する構造や、外側の被膜の開発に、約2年かかっているとか

真ちゅう製のケースが付属する

「3Dプリンタがあれば、もう職人はいらないのではないかと思われがちだが、そんなことはない。3Dプリンタが稼動する上で必要な『造詣データを作る職人』が新しく生まれた」と、LAB IIの開発を経て感じたことも語った細尾氏。

「製造がしんどすぎて、200セット限定にせざるをえなかった」なんてことも笑いながら話していたが、細尾氏の目線が会社のトップというよりも、ものをつくる人のそれだったのが印象的だった。

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試聴会にも参加したので、サウンドインプレッションを少し。作業工程の話を聞いているときは「もうやめてあげてほしい」と思ったが、LAB IIのサウンドを聴いて筆者は力強く手のひらを返した。これはもう、ずっと続けてほしい!

アーティストが耳うちしているのではと、うっかり錯覚しそうになるほどの再現力。それでいて体温のような心地よいあたたかみを感じるし、一生このサウンドに包まれていたくなるような、代えがたい魅力がある。注力したという音場の広さは、もはやイヤホンのステージにはいないレベルだ。

2017年には、LAB IIの開発で得た知見を生かした新シリーズを発売する予定だというので、こちらにもつい期待を寄せてしまう。完成した際には、finalのものづくり魂に敬意を表しながら、試聴イベントに足を運びたいと思う。