全く異なる顧客層をターゲットにしたブランドを多岐に渡って展開しているメーカー企業にとって、顧客が持つニーズを把握して最適なブランドをレコメンドするという作業は、ビジネスの成否に大きな影響を与える。企業のコミュニケーション戦略に接触する多くの消費者の中から、ブランドがターゲットとする見込み顧客を的確に探し出し、最適な方法でエンゲージメントを構築していかなければ、そのブランドの顧客を拡大させることはできない。消費者の接触チャネルが複雑化している状況下では、その難易度は高まっていると言えるだろう。

こうした課題に対して、プライベートDMPを活用した顧客とのエンゲージメント構築に挑戦しようとしているのが、化粧品国内大手の資生堂だ。その背景や狙いについて、資生堂ジャパン ダイレクトマーケティング部 Web推進室の吉本健二氏、小林篤史氏、そしてDMP導入にあたってプライベートDMPソリューション「TREASURE DMP」を提供した、トレジャーデータ マーケティング担当ディレクターの堀内健后氏に話を伺った。

(左から)資生堂 ジャパンダイレクトマーケティング部 Web推進室の小林篤史氏、吉本健二氏、トレジャーデータ マーケティング担当ディレクターの堀内健后氏

One to Oneマーケティングへのこだわりを、デジタルでどう実現するか

今回、プライベートDMPを導入する舞台となったのは、資生堂が運営する会員制総合美容サイト「ワタシプラス」。資生堂が展開する様々なブランドの商品情報や取扱店舗検索、EC機能、美容に関する情報やWebカウンセリングなどを展開し、消費者が持つ美容や化粧品についての悩みに様々なコンテンツを通じて応えている。加えて、会員の情報に基づいたCRM施策なども積極的に展開し、資生堂と顧客をデジタルで結び付けるプラットフォームとして位置付けられている。サービスは2012年4月に開始され、以来同社ではデジタルマーケティングを強化してきたが、今回プライベートDMPを刷新してマーケティングオートメーションと連携させることで、より顧客ニーズに合った的確な情報提供をしていくのだという。

吉本氏によると、資生堂は戦前から会員組織を持ちOne to Oneのマーケティングには力を入れてきたという。大規模なOOH・マスメディア広告を展開する一方で、顧客とのフェイストゥーフェイスのコミュニケーションで商品の価値を伝えるチェインストア制度を取り入れ、ブランドに対するエンゲージメントを生み出してきたのだ。

「こうした資生堂のマーケティング思想を、デジタルを通じてどのように実現するのかが、重要だ」と吉本氏は語る。

そうした課題を解決しようと2012年に誕生したのが、資生堂が展開するブランドと顧客を結び付けるプラットフォームである「ワタシプラス」。ネット上での会員獲得のほかチェインストアの店頭で資生堂の店舗会員サービス「花椿CLUB」に加入した顧客をも取り込み、会員数を拡大しているのだ。

「ワタシプラス」

では、今回のプライベートDMPの刷新にあたっては、どのような背景があるのだろうか。吉本氏は2つの課題を挙げた。

ひとつは、データの分断だ。デジタルにおける顧客の行動からは膨大な量のデータが生まれる。ただ、顧客分析には総合的なデータ管理が必要だ。

「例えば、会員情報とサイト内の閲覧情報。会員のIDを使えば紐づけられるはずなのにデータが分断されているので、統合的に分析することができなかった。膨大なデータをひとつの場所でまとめる必要があった」と吉本氏は語る。

もうひとつの課題は、顧客のリアルタイムなニーズの理解だ。現代の消費者にとって商品購入を決めるためには、メーカーのブランドサイトだけでなく商品比較サイトや商品レビュー、個人のブログサイトなど様々な情報源を頼りに検討を行う。場合によっては、店頭に足を運び商品を手に取って検討することも少なくないだろう。しかし、メーカーにとってそのような情報を収集するのは容易なことではない。そこで、DMPを活用しようと考えたのだそうだ。

「顧客を理解するために、ワタシプラスのデータだけで十分なのかという疑問があった。顧客は化粧品のことを知るために外部サイトも調べているが、私たちはワタシプラス内の情報しか持っていない。外部データや店頭における顧客のリアルな動きも柔軟に取り込み、複合的に分析ができる環境が必要だった」と吉本氏は語る。

堀内氏によると、この課題に対しては、TREASURE DMPにIntimate Merger社が提供する外部オーディエンスデータ、また資生堂ジャパンが提携しているウェブサイト「スキンケア大学」のオーディエンスデータを組み合わせることができる機能を提供したのだという。

「ワタシプラスサイトに来るお客様は、購入検討の中期から後期段階。そのさらに前にある初期段階のユーザーデータをマーケティング施策に取り入れたい」(吉本氏)

こうした2つの課題から、プライベートDMPでは従来から蓄積していた会員サービスの「ワタシプラス」と「花椿CLUB」の登録情報、店頭での購買POSデータ、サイト閲覧データ、ECでの購買データ、サンプルの申込履歴といった会員の行動データに、新たにサードパーティーのオーディエンスデータや店頭における顧客のリアルな行動データを加えることで、顧客の行動パターンについてプライバシーを保護した形で体系的に分析し、顧客ニーズに的確に応えるマーケティング施策を実施できるようにしたのだという。これまでも、サイト上でアクションを起こした会員に対してメールでフォローするなどのCRM施策を展開してきたが、これをさらに進化させるのだ。

今後は、このデータを基にマーケティングオートメーションを活用して数パターンのメッセージを顧客ニーズに合わせてダイナミックに配信していくほか、ウェブサイト上に掲載する情報も顧客ニーズに合わせて出し分けるなどの施策も検討していくとしている。

ライベートDMP導入の背景を語る吉本氏

「私たちは、お客様がどんな商品を求めているのか、どんな肌の悩みを抱えているのかなど、“いま、お客様は何を考えているのか”を知りたい。その上で、リアルタイムにメッセージを届けることで、お客様のお客様のお役に立ちたい。現在データの蓄積とカスタマージャーニーの検証を進めており、今秋から本格的に展開していく予定だ」(吉本氏)

そして、吉本氏がプライベートDMPの先に目指しているのは、ひとつのデータベースからユーザーのことを深く理解することができる環境の整備だ。

「私はこれを“ユーザー・プリファレンス・マネジメント”と呼んでいるが、ユーザーがいま何を考えているのかをひとつのテーブルで理解できるようなデータベースを構築したい。そうすれば、そこから顧客のセグメンテーションなども効率的に行うことができるはずだ」(吉本氏)