大手化粧品メーカーの日本ロレアルはこのほど、フランス大使公邸において「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」の授賞式を開催。新進気鋭の女性科学者3名を表彰したほか、特別賞としてアーティストで米国マサチューセッツ工科大学メディアラボ助教のスプツニ子!氏を表彰した。

今回は、このロレアルの取り組みを基に、企業が商品やサービスを宣伝するマーケティング活動だけでなく、自社のビジネス領域における「社会的責任」を果たしていかなければならない意義について考える。

「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」授賞式の模様

ロレアルが掲げる「戦略的イノベーションモデル」とは何か

まず、今回開催された「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」について簡単に紹介しよう。

この賞は、日本ロレアルと日本ユネスコ国内委員会が、日本の若手女性科学者が研究活動を継続できるよう支援することを目的として開催しているもので、2005年から実施。今年は、特別賞のスプツニ子!氏のほか、日本奨励賞として高エネルギー加速器研究機構の北村未歩氏、大阪大学大学院 理学研究科の田仲玲奈氏、東京大学大学院 薬学系研究科の丹治裕美氏の3名が受賞している。

グローバルでは、仏ロレアルグループとユネスコが「ロレアル-ユネスコ女性科学賞」として1998年から開催しており、これまで2530名の女性科学者を支援。過去にはノーベル賞受賞者も輩出してきたという。今年から新たにデジタルキャンペーン「女性科学者を応援する宣言書」を世界規模で展開するなど、グローバルで女性科学者の割合がわずか30%と言われるサイセンスの世界が抱える社会課題を変革するのが、この取り組みの狙いだ。

もちろん、この賞はロレアルの製品をPRするためのものでもなければ、ブランドメッセージをアピールするためのものでもない。それにも関わらず、化粧品メーカーであるロレアルがこうした女性科学者の活躍を支援しようと活動している背景には、どのような考えがあるのだろうか。それは、同社が掲げている「戦略的イノベーションモデル」に集約されている。

この「戦略的イノベーションモデル」は3つの分野に分かれており、サイエンス・イノベーションの分野では異分野・異業種との共同開発の推進や、産・官・学の連携によるオープンイノベーションの推進などを提唱。

ソーシャル・イノベーションの分野では、世界的に科学者に占める女性の割合が少ないという社会課題を解決するために「世界は科学を必要とし、科学は女性を必要としている。女性科学者の力で世界を変える」という理念を掲げ、同社の研究所における女性科学者の登用推進や今回取材した「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」の活動を展開している。そして環境イノベーションの分野では、バリューチェーンにおける環境負荷の軽減など持続可能な社会を維持するための取り組みを推進している。

社会的責任を果たすことが、ビジネスの持続可能性を生み出す

この3つのイノベーションモデルから見えてくるもの。それは、企業が自社のビジネス領域に対して社会的責任を果たそうとしているということだ。

いうまでもなくロレアルは世界最大規模の化粧品メーカーであり、科学的な研究開発によって生み出される化粧品はサイエンスの分野とは切り離せないものである。そのサイエンス分野の発展はひいては自社プロダクトの今後の可能性を拡げるものであり、企業や組織といった枠組みを超えてサイエンスの発展を追求することは、ロレアルの今後の製品開発にとっても最も重要なテーマのひとつだ。

加えて、化粧品メーカーの顧客である女性が“社会での活躍”という面において課題を抱え、その解決が急がれるという点も、重要なテーマである。ロレアルの顧客になるか否かを問う前に、女性が差別や偏見といった問題を抱えているということは、女性を対象とした製品を製造・販売するロレアルにとって避けて通ることはできない課題である。そして、環境負荷の軽減による持続可能な社会の創出も、製品を開発・製造する化粧品メーカーが考えるべき重要な課題だ。

こうした自社のビジネス領域を取り巻く課題を「社会的責任」として受け止め、その解決に向けて取り組みを推進することは、ロレアルだけでなく化粧品業界全体の事業持続性にとって、商品の販売を推進するマーケティング以上に重要なことではないだろうか。

ロレアルは、商品のマーケティングという狭い視野ではなく、自社のビジネスそのものを取り巻く科学の未来、女性の未来、環境の未来を見据えた取り組みを推進しているといえるだろう。商品の販売促進がなくなっても商品は売れるかもしれない。しかし、商品を生み出す科学が衰退し、顧客である女性が社会で活躍できなくなり、そして生活者が暮らす環境が破壊されては、そもそもビジネス環境の持続可能性は担保できないのである。

ロレアルの担当者は、今回の「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」について、「女性科学者を支援する社会貢献活動は、ビジネスと切り離して考えている。ロレアルの企業姿勢として、サイエンスや多様性を重んじ、サイエンス分野において男女共同参画が必要であるという考えから、この活動を世界規模で推進している。これからも性別を超えた平等性やキャリア形成を尊重すべく、女性の活躍を社内のみならず社会にも目を向けて積極的に推進していきたい」とコメントしている。

企業活動では、直接消費者に製品やサービスを訴える活動ではなく、その製品やサービスの背景にある文化や社会に貢献することも重要なテーマであり、ロレアルだけでなく多くの企業がCSR活動として社会のための活動を行っている。

例えば、通信会社は学校教育分野でのICT活用を研究するために産官学連携を推進したり、教育の会社は文化・芸術の振興を目的とした投資を積極的に行ったり、食品会社は農業や漁業の課題を解決するための活動を行ったり、建築会社は自然保護のための活動を行っている。企業が事業を継続できるのは、その事業の背景にある様々な分野の支えがあってこそのことであり、決して切り離して考えることはできない。

消費者に製品やサービスを訴えるマーケティングだけでなく、そのマーケティング対象となる自社のビジネス領域にどのような社会的課題が内在しているのかに目を向け、それを企業の社会的責任として解決しようとする姿勢は、企業の事業継続性にとってマーケティングと同じくらい重要なのである。