8月が目前に迫り、ようやく2016年の夏ドラマがそろった。録画視聴の増えた今となっては目安の1つにすぎないものの、視聴率は全体的に低調。初回視聴率は、『家売るオンナ』(日本テレビ系)の12.4%が最高で、その他の作品は10%前後に集中した。

なかでも、『HOPE~期待ゼロの新入社員~』(フジテレビ系)は6.4%、『神の舌を持つ男』(TBS系)は6.5%、『ヤッさん~築地初!おいしい事件簿~』(テレビ東京系)は4.7%と厳しいスタートになり、「夏枯れ」なんて言葉が報道されている。

しかし、当然ながらドラマの面白さと視聴率はあくまで別問題。夏ドラマで本当に面白くて、今後期待できるのはどの作品なのか? 今回もドラマ解説者の木村隆志が、俳優名や視聴率など「業界のしがらみを無視」したガチンコで、今クールの傾向とおすすめ作品を挙げていきます。

夏ドラマの主な傾向は、[1]逆境に燃えるドラマ班 [2]「イチかバチか」の大勝負 [3]演技派主演vs二世俳優 の3つ。

傾向[1] 逆境に燃えるドラマ班

左から波瑠、北川景子、桐谷美玲

もともと夏はドラマ業界にとっては、鬼門と言える時期。社会人も学生も長期休暇が多いため在宅率が低く、「連ドラを毎週見る」のが難しい。さらに、大型イベントが目白押しで「放送そのものが飛んでしまう」こともあり、実際昨年の『ナポレオンの村』(TBS系)は世界陸上などの影響で3週間放送のない空白期間に悩まされた。

そのためテレビ業界には、前述したように「夏枯れ」という言葉があるのだが、今年に至っては大干ばつ。何と言っても、リオ五輪という最大級のイベントがあるだけに、例年以上の苦戦が予想されている。

しかし、各局ドラマ班はそんな逆境に立ち向かうべく、熱気あふれる対策を講じた。たとえば、『好きな人がいること』(フジテレビ系)は、5月1日に早くも制作発表を行い、しかもそれがライブ配信。春ドラマがはじまったばかりの時期に、芸能記者たちを欺くような形式で行ったのは、同作が若者にターゲットを絞っているから。近年、恋愛映画でヒットを飛ばしたキャストや、胸キュンシーンを詰め込んだ作風なども含め、さまざまな策を取っていることがわかる。

『ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子』(フジテレビ系)は、旬の女優・波瑠を猟奇的な殺人者と対峙させることで、コントラストの鮮明さで勝負。死体のグロテスクな描写も含め、ツイッターなどのライブアクションを狙う要素が多い。

『仰げば尊し』(TBS系)は、感動の実話を『ROOKIES』(TBS系)のスタッフが実写化。徐々に上達する吹奏楽の演奏シーンや、敢えて採用した前時代的な暴力シーン、次代を担う若手俳優がぶつかり合うシーンなど、複数の見どころを用意した。

その他、『家売るオンナ』の北川景子、『せいせいするほど、愛してる』(TBS系)の滝沢秀明、『営業部長 吉良奈津子』(フジテレビ系)の松嶋菜々子、『仰げば尊し』(TBS系)の寺尾聰、『そして、誰もいなくなった』(日本テレビ系)の藤原竜也など、視聴者のイメージに合致し、キャラクターをつかみやすい設定を用意して、逆境の夏に挑んでいる。

傾向[2] 「イチかバチか」の大勝負

『せいせいするほど、愛してる』の完成披露試写会が7月3日に行われ、主要キャストが集結した(左から神野三鈴、松平健、GENKING、横澤夏子、武井咲、トリンドル玲奈、中村蒼、中村隼人、和田安佳莉)

前述したように厳しい条件下だけに、いつになく思い切った勝負を仕掛けている作品が目立つ。

『せいせいするほど、愛してる』は、ストーリーそっちのけで、「そのカゼ、俺にうつせよ」などの笑いさえ誘うシーンを連発。ティファニーを舞台にしていることも併せて、強烈なトピックスを次から次へと仕掛けている。

『はじめまして、愛しています。』(テレビ朝日系)は、『家政婦のミタ』(日本テレビ系)などの脚本家・遊川和彦を招いて、特別養子縁組という難テーマにトライ。昨今の作品に多い、強烈なキャラや派手な事件は少なく、淡々と描く姿勢が潔い。

『神の舌を持つ男』は、ロケ負担が大きい温泉をめぐる設定にチャレンジ。向井理のペロペロと三助の演技は、賛否両論を覚悟した上での演出だろう。

『HOPE~期待ゼロの新入社員~』は、韓国で社会現象を起こしたドラマが原作で、ゴールデン帯・連ドラ初主演の中島裕翔を抜擢。サブタイトルに「期待ゼロ」のフレーズを入れたのは、「ダメ元」に近い挑戦の様相が色濃い。

『時をかける少女』(日本テレビ系)も、何度となくリメイクされてきた作品に敢えてトライ。海や祭りなどの夏らしい映像美を生かしつつ、5話完結に凝縮したのも、バクチの1つと言える。

「夏は厳しい時期だから、無難なドラマで」ではなく、「思い入れの強いドラマを作って、あとはなるようになれ!」。そんなスタッフたちの声が聞こえてくるようだ。

傾向[3] 演技派主演vs二世俳優

7月13日に行われた『仰げば尊し』の舞台あいさつ(左から太賀、石井杏奈、村上虹郎、多部未華子、寺尾聰、真剣佑、北村匠海、佐野岳)

今期は実に9人もの二世俳優が出演。しかも今後の日本俳優界を背負って立ちそうな大物候補ばかりであり、演技派主演と堂々渡り合っている。

『仰げば尊し』には、千葉真一の息子・真剣佑、村上淳&UAの息子・村上虹郎、中野英雄の息子・太賀がメインの生徒役で出演。寺尾聰とガチンコでぶつかり合うシーンが目玉となっている。

『家売るオンナ』には、プロ野球ソフトバンク工藤公康監督の息子・工藤阿須加が出演。北川景子演じる変人ヒロインに振り回される営業マンを熱演している。

柄本明の息子・柄本佑は、『ヤッさん~築地発!おいしい事件簿~』(テレビ東京系)で主演の伊原剛志と渡り合い、弟の柄本時生も『侠飯~おとこめし』(テレビ東京系)で主演の生瀬勝久と対峙。

さらに、『営業部長 吉良奈津子』では、松田優作さんの息子・松田龍平が、主演の松嶋菜々子とバチバチやり合っている。

その他、高畑淳子の息子・高畑裕太は『仰げば尊し』と『侠飯~おとこめし~』に、歌舞伎役者・中村錦之助の息子・中村隼人は『せいせいするほど、愛してる』に出演。

二世俳優たちは、主演クラスの先輩にセリフをぶつけ、体当たりで向き合う姿勢を見せている。演技派主演から刺激を受けた彼らが、ひと夏を超えたとき、どんな成長した姿を見せてくれるのか、楽しみでならない。


これらの傾向を踏まえつつ、今クールのおすすめは、名優+若手俳優の化学反応と、成長ドキュメントに期待の『仰げば尊し』と、魅力的なプロットを軸にサラリーマン社会を描く『HOPE』の2本。くしくも同曜日の同時間帯だが、両方を追いかける価値はありそうだ。

その他のおすすめは、甘酸っぱいスタンダードに新解釈を加えた『時をかける少女』、脚本・演出ともに巧みな『グ・ラ・メ~総理の料理番~』(テレビ朝日系)、「ピンチと敵だらけ」というやられっ放しの展開がレアな『そして、誰もいなくなった』。TVerや各局のオンデマンドなどで、ぜひチェックしてほしい。

おすすめ5作

No.1 仰げば尊し(TBS系 日曜21時)
No.2 HOPE~期待ゼロの新入社員~(フジテレビ系 日曜21時)
No.3 時をかける少女(日本テレビ系 土曜21時)
No.4 グ・ラ・メ~総理の料理番~(テレビ朝日系 金曜23時15分)
No.5 そして、誰もいなくなった(日本テレビ系 日曜22時30分)

■木村隆志
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。