ホテルチェーン大手の東急ホテルズが、全国で展開しているホテルブランド「エクセルホテル東急」において、地方の特色を盛り込んだデザインや新たな体験作りに挑んでいる。 ホテルに限らず、全国に店舗をチェーン展開するビジネスモデルにおいては、施設デザインや建物、設備、備品などのファシリティを共通化することでコストを最適化し、利用客に価格優位性を訴求することで売上アップを目指すのが一般的だ。しかし、東急ホテルズはあえて各地の施設に“ご当地色”を盛り込むことで体験のコモディティ化を避け、チェーン展開に多様性を生み出そうとしている。そこにはどのようなシナジーを生み出そうというマーケティング戦略があるのだろうか。株式会社東急ホテルズ 執行役員マーケティング部長の末吉孝弘氏、同運営部で設備技術担当の森永慎一郎氏と愛澤雄一氏へのインタビューを元にレポートする。

(左から)東急ホテルズ 執行役員 マーケティング部長の末吉孝弘氏、同運営部 設備技術担当の森永慎一郎氏と愛澤雄一氏

ホテルを地域の魅力を伝える“ハブ”として機能させていく

まずは、具体的に同社が3月末までに全面改装を行った「松江 エクセルホテル東急」と7月末に全面改装を終える予定の「富山 エクセルホテル東急」について、それぞれのリニューアルのポイントについて、松江エクセルホテル東急改装プロジェクトリーダー森永氏、富山エクセルホテル東急改装プロジェクトリーダー兼デザイナー愛澤氏から説明を伺った。

エクセルホテル東急は、同社が展開する「東急ホテル」「エクセルホテル東急」「東急REIホテル」という3つのホテルブランドのうち2番目に位置しており、スモールラグジュアリーというコンセプトのもと主にビジネスパーソンが出張に伴う滞在場所として利用しているという。地方色を盛り込んだ全面改装は、2014年に行った金沢エクセルホテル東急(現在の金沢東急ホテル)から試みているとのこと。

「松江 エクセルホテル東急」では、“ご縁の国島根を巡る旅”をコンセプトに、出雲に代表される神話の国・島根の歴史や自然といった魅力を感じることができるデザインモチーフやオブジェなどの装飾品を盛り込み、全館を約1年かけて全面リニューアル。

一方、「富山 エクセルホテル東急」は、北陸新幹線開業を機に開業から25年で初の大規模リニューアルを実施。こちらでも古き良き文化が残り立山連峰などの自然を擁する富山の魅力を盛り込んだ和モダンのデザインを外観、ロビー、客室などに盛り込んでいるという。またロビーには、“ガラスの街とやま”をアピールできるよう、地元の富山ガラス工房がと協力し、ガラス工芸の展示スペース「とやまのガラスギャラリー」を新設するとのこと。

内装や装飾品に地方が持つ魅力をふんだんに盛り込んだ

エクセルホテル東急のマーケティングを統括する末吉氏によると、こうした空間デザインや体験作りに地元の特色を盛り込むリニューアルの背景のひとつには、出張で地方を訪れるビジネスパーソンの意識変化があるのだという。

「かつてのビジネスホテルは、ビジネスパーソンが仕事をしやすいようなテーブルや照明が求められるなど、ホテルは仕事の延長にあった。しかし最近では、ホテルに滞在している時間は少し仕事のことを忘れて旅行気分を味わいたい、食事や体験を通じてご当地の魅力を楽しみたいというニーズが強い。ビジネス旅行のマーケットニーズに変化が生まれている」と末吉氏は語る。

実際には、マーケティングの基本的な方向性は東急ホテルズの本社が決定し、それぞれの施設オーナーの理解を得ながら、今回のリニューアルを進めているとのこと。加えて、現地のどのような魅力を取り入れるかについては、各施設の責任者である総支配人が大きな役割を果たしているのだそうだ。

「総支配人は、いわば“地元の盟主”。地元との交流が非常に多いだけでなく、都市部のホテルと異なり地元の人たちが宴会など宿泊以外の目的でも利用しているため、ホテルを中心として大きなコミュニティが生まれている。ここを地元の魅力を発信していく“ハブ”にすれば、宿泊者への付加価値になるだけでなく、地域の活性化にも貢献できるのではないか」(末吉氏)

リニューアルの狙いについて語る森永氏、末吉氏、愛澤氏

“効率”という企業都合の押しつけは、顧客には通用しない

とはいえ、施設それぞれに特色を生み出すということは、コスト効率を追求するはずのチェーンマネジメントの方向性とは矛盾するはずだ。一般的に、ホテル業界に関わらず、どのような産業でも、チェーン展開では全店舗でのファシリティ共通化、商品・サービスの画一化などによって、コストの最適化などを目指すのが一般的。だが、東急ホテルズはなぜあえてコストをかけて差別化、多様性を追求しようとしているのだろうか。

そこには、かつてチェーン展開のメリットだと思われてきた考え方への危機感があるのだという。

末吉氏は、「確かにチェーン展開のメリットはビジネスの効率化とコスト削減だが、それでは多様化する顧客ニーズに対応することができなくなってきた。コストを落とすだけでは商売は成り立たなくなってきているということ。顧客満足のためには必要なコストをしっかりと掛け、その価値を認めてもらうことで売上を獲得していくような経営ができなければ、ビジネスは将来的に先細りしていくだろう」と語る。

末吉氏の説明にもあったように、ホテルをめぐる顧客の価値観は変わってきている。ただ身体を休めることができれば良いというものでは満足できなくなってきており、そこでしかできない特別な体験を求めるようになってきている。そうしたニーズにチェーン展開のホテルも真摯に向き合わなくて、競争が厳しい業界において生き残っていけないと考えているのだ。

「宿泊者は私たちが考え及ばない細かい部分まで評価をし、そして良い評価も悪い評価もネットですぐに拡散する。そこでは、“効率化”という企業の押しつけは絶対に通用しない。いつでも新鮮な体験を提供したいという真摯な姿勢が一層重要になる」(末吉氏)

「これからの時代、企業都合の押しつけは顧客には通用しない」と末吉氏

拡大するインバウンド需要を大きなビジネスチャンスに

そして、このような地方の特色を活かした展開から期待されるのは、増加する訪日外国人観光客による利用、つまりインバウンド需要の取り込みだ。政府は当初2020年までに年間2000万人の訪日外国人観光客を受け入れる目標を掲げていたが、2015年の時点で年間約1974万人という数字を達成したため、現在では2020年までに年間4000万人と目標を引き上げている。昨年までは、アジアからの観光客を中心とした“爆買い”が大きな話題となったが、今年に入りその観光消費は“購買”から“体験”へとシフトする動きもあり、これは自然、文化、伝統工芸など様々な魅力を持つ地方にとっては、かつてないほどの大きなチャンスだと言えるだろう。

この点について末吉氏は、「東急ホテルでも外国人宿泊者の数は右肩上がりの状況だが、その数は依然として首都圏、関西圏などの都市部に集中している。しかし、LCC(格安航空会社)の地方空港への就航やSNSを通じた地方の魅力の拡散、そして都市部の宿泊費高騰などの動きを背景に、今後インバウンドの地方への波及効果は大いに期待できるのではないか」と語る。

末吉氏によると、私たちが想像している以上に外国人観光客の志向性は変化が始まっており、観光ツアーなどの一辺倒な旅行から、行かなければ体験できないような機会を追求する体験型エコツーリズムや、趣味や好みに合わせて自由に旅行する個人旅行の動きが加速しているのだという。こうしたニーズに対して宿泊施設を中心とした地域コミュニティが付加価値の高い体験の提供をもって応えることができれば、その影響は世界へと波及していくというわけだ。東急ホテルでも、インバウンド需要の更なる加速に合わせて、スタッフ教育や人材の採用などに力を入れていきたいとしている。

「インバウンドは2020年をひとつの区切りのように語られているが、その後も右肩上がりの動きは止まらないはずだ。規模で比較すれば、日本へのインバウンド需要は既にイギリス、香港などの観光地に肩を並べている中で、政府主導のエコツーリズムや、MICE(国際会議や展示会、社員研修や社員旅行など)など、まだ(インバウンド需要増加のために)打っていない手はたくさんある。インバウンド市場は、まだまだ多くの伸びしろを持っているのではないか」(末吉氏)

地方色を取り入れた付加価値の高い体験の創出と来るべき本格的なインバウンド需要への対応。東急ホテルズはこの2点を念頭に置き、予算を投入しながら設備と人材を強化して来るべき時代に備えようとしている。

「経費削減や効率の追求という“企業の都合”から、しっかりと予算を掛けてハードとソフトを充実させることで、更に良い体験と高い顧客満足を生み出していきたい。このことは、(財務的に厳しかった)リーマン・ショックの後には言いたくても言えなかった。そこから立ち直って黒字化を果たし、今は得た利益を顧客のために投資しようというターニングポイントに立っている。ここから顧客満足のために前へと攻めていこうという姿勢を貫いていきたい」(末吉氏)