3Dプリンタは在庫を持たなくてよい、テーパー検討が必要ないなど、ものづくりの自由度を飛躍的に向上させました。「在庫のリスクを取りたくないから受注生産で需要を確認してみよう」「クライアントから形状をなるべく早く確認したいと言われている」などといった場合には3Dプリンタは心強い味方です。

しかし、業務用の3Dプリンタは高価で気軽に導入できるものではありませんし、3Dプリンタが常時必要な環境にいる方は現状ではそれほど多くはないでしょう。

そんな時に便利なのが3Dプリントサービスです。一般的な3Dプリントサービスでは、3Dデータ作成者がデータをインターネット経由で入稿し、データを受け取ったサービスビューローが保有する3Dプリンタで造形、データ作成者へ造形品を郵送します。つまり、3Dプリントを外注するということです。ほとんどのサービスビューローでは異なる種類の3Dプリンタを保有しているので、出力方式や材料の選択肢が広いこともメリットです。

ただ、3Dプリンタは決して万能ではありません。データに不備があったり、出力方式について事前知識がないと、思わぬトラブルに見舞われてしまいます。

そこで、本連載では3Dプリントサービスを利用する際に遭遇しがちなトラブルをまとめました。この内容は、自分で3Dプリンタを使う場合でも役立ちますので、ぜひ参考にして下さい。

ファイル編

1.CADの寸法設定は大丈夫?

多くの3Dプリンタは造形用データとしてstlファイルを用いますが、stlファイルには寸法情報を含めることができません。多くの3Dプリントサービスビューロはmmもしくはinchのどちらかでファイルを受け取ります。

3Dデータをアップロードする時は、寸法に気をつけよう

もし使っているCADの寸法をそれ以外で設定すると、いざ出力物が配送されてきてびっくり、といった事態に陥ります。

試しにCADの寸法設定をcmにしてstlファイルを作成し、それをサービスビューローにアップロードしてみてください。

10.00cmのデータをアップロードすると…

mmでアップされてしまい、サイズが10分の1になってしまいまいます。

単位がmmに変換され、サイズが10分の1に縮小されてしまう (赤枠部に注目)

そのような事態を避ける為に3Dプリンタ用のデータを作成する場合には、必ず寸法設定をmm単位にすることを心がけましょう。こうしておけば手元に届いたときに「あれ、なんかサイズがおかしい。これじゃ納期に間に合わない」なんてことにはなりません。

こういった配慮は自動見積もり型のサービスビューローにデータを入稿する時だけに言えるものではありません。これから工作機械として3Dプリンタを使用する機会はますます増えていくでしょう。そういったときに、顧客や同僚に渡すstlファイルの寸法がそれぞれバラバラだったら大きなトラブルの元になってしまいます。もちろん、出力時の設定を相手に伝えることは最低限のマナーだと思いますが、ほぼすべてのサービスビューローがmmでファイルを受け取るということは覚えておくといいと思います。

2. ファイルフォーマットで起こるトラブル

多くのサービスビューローが複数のファイルフォーマットを入稿可能ファイルとして受け付けていますが、3Dプリントサービスを利用する際にあまりおすすめできないのがigsフォーマットです。

これはCNCなど切削加工を利用している方からすると信じられないと思いますが、igsフォーマットを3Dプリントサービスに送ると大きな問題が発生するケースがあります。

なぜなら、業務用3Dプリンタはstlやobjなどのポリゴンデータを専用のスライスデータ作成ソフトでプリンタ用のスライスデータを作成し、出力するからです。

入稿からスライスデータ作成までの流れ

つまりあなたが送ったigsやstp、x_tなどのデータは3Dプリントされる前に必ず誰かの手によってstlやobjのポリゴンに変換されているということです。よってポリゴン以外のデータを送った場合、どのようにそのデータを変換するかは受け取り手次第になってしまいます。

大半のサービスビューローは指定した3Dプリンタが出力できる最高分解能にデータを変換してくれると思いますが、データ受領者がその意図を理解してくれない可能性もあります。よって、データは出来る限りstlやobjのようなポリゴンデータで送るようにしましょう。

ほとんどのサービスビューローは入稿ファイルサイズに制限を設けているので、限界まで大きなファイルサイズで送りたい場合は、stlなどファイルサイズがすぐに多くなってしまうポリゴンデータではなく、あまりサイズが大きくならないCAD用中間ファイルを送りたくなってしまいます。しかし、なるべく大きなファイルサイズで入稿するケースでもstpのようなソリッドの中間ファイルを用いる方が良いです。

その理由はデータ受信者はデータ作成者のサーフェスデータの接続箇所が判別できないからです。3Dプリンタに入力するデータは必ずソリッドモデルにする必要がありますが、igsをソリッドモデルにするのは実は一苦労です。

「いや、俺のデータはちゃんとソリッドになるよ」という方もいると思いますが、データ作成者がソリッドモデラーを使用していたとしても、以下のように全くクリアランスが無い共通エッジが存在しているモデルを作ってしまった場合、どこを接続すれば良いか機械的に判別するのは困難です。

このようなモデルでどこを接続すべきか、機械的に判断することは難しい

造形物を受け取る際に「あれこんなはずじゃ」とならないためにもigsの使用を避けるのが無難というわけです。

3. ポリゴンの分解能は適切ですか?

ファイルを造形サービスに送る時、できる限り細かい分解能で送りたいのが人情というものです。

しかし、多くの場合、サービスビューローのスタッフが受け取るファイルの分解能は3Dプリンタの再現能力を大きく超えています。3Dプリンタの再現能力を大きく超えた3Dモデルはデータサーバーに大きな負荷を与えるだけではありません。業務用3Dプリンタはほぼ全ての機種が制御用にPCを内蔵していますが、高性能なPCを積んでいるものは意外に少なく、メモリが足りず造形が途中で止まってしまうことが非常に多いです。

では、適切な分解能とは何でしょうか?

これは3Dプリンタによって全く異なりますが、最も高精細なプリンタでも10μmを下回ることはありません。ということはどんなモデルでも分解能を10μmに設定しておけば少なくとも現在の3Dプリンタで造形する限り十分というわけです。

出来る限り高精細に作りたい場合、モデルの最小分解能は10μm精度ということは覚えておきましょう。

ただし、造形を希望するデータの外形寸法が非常に大きい場合、10μmで設定したデータをアップロード可能なサービスビューローはおそらく存在しません。100mmの外形寸法の球体をメッシュ化した時のデータサイズと10mmのものでは容量で約3倍異なります。

外形寸法が100mmの球体(右)と、10mmの球体では容量に大きな違いが

そういった場合は、自分でCADデータをstlに変換することを諦めてしまうのも1つの手です。

CADデータをstlに変換し、不具合を修正して、非常にデータ容量の多いstlをなんとかサービスビューローにアップロード可能なファイルサイズまでメッシュサイズを減らして…と自分で作業するよりもstpやx_tなどのソリッドデータを造形サービスに送信し、最適なメッシュへの変換作業をサービススタッフに任せてしまえば、"少ない容量でモデルを送ることが出来る"かつ"最適なメッシュ状態で造形してもらえる"ため、一石二鳥です。

著者紹介:川岸孝輔(かわぎし こうすけ)

株式会社DMM.com 3Dプリント部門 サービスマネージャー
前職は星野楽器株式会社で約9年間にわたって製品企画から外装設計、電子回路設計にコーディングとマルチエンジニアとして働き、複数の製品を世に送り出した。