前編では、観光庁が発表したデータを基に、ITを活用したインバウンド対策が求められる背景と、日本の観光政策が現在直面している課題を中心に解説した。後編では、観光庁が発表した新しい政策ビジョンの方向性から、インバウンド向けの対応を考えるWebサイト運営担当者がどのようにサイトを運営していくべきかについて考えてみたい。

最新の政策動向とインバウンド対策との関連

中国をはじめとするアジア圏の経済状況の悪化や、イギリスのEU離脱で急速に進行する円高は懸念材料であるものの、日本政府は2016年3月30日に新しい政策ビジョン「明日の日本を支える観光ビジョン」を発表した。

この内容は、2020年までに「訪日外国人旅行者4,000万人」「訪日外国人旅行消費額8兆円」など、具体的に数値目標を提示している点が大きな特徴である。ビジョンに基づく施策として、以下の3つの視点を柱として以下のような改革案が提示されている(図1)。

  1. 観光資源の魅力を高め、地方創生の礎に
  2. 観光産業を革新し、国際競争力を高め、我が国の基幹産業に
  3. すべての旅行者が、ストレスなく快適に観光を満喫できる環境に

図1:3つの視点を柱とする改革のための施策 資料:「明日の日本を支える観光ビジョン施策集」

図1には数多くの施策が列挙されているが、IT活用で改善可能な施策は、3番目の視点と関連した環境整備についてのものであり、前編で示した外国人旅行者が日本滞在中に感じる各種の不満に対し、解決策を示している。

IT活用を推奨している施策としては、「通信環境の飛躍的な向上と誰もが一人歩きできる環境の実現」「他言語対応による情報発信」「公共交通利用環境の革新」が該当する。いずれも、海外からの旅行者(特に個人)が迷うことなくスムースに移動できるよう、通信・交通といったインフラを整備し、旅行者のニーズに応じた情報を提供できるような環境を整備することを目的とした施策である。

マーケティング視点から見たインバウンド対策

通常、Webサイトで情報発信を行う際、ブランドの認知度向上と新規顧客の開拓が主な目的である。昨今、オンラインで事前に情報収集を行ってから、オフラインでの購入を決めるというように、消費者の購買行動が変化しており、海外から日本を旅行する観光客も同じという前提に立つ必要がある。言語は、企業や観光地を抱える自治体の関係者が考える以上に、消費者の購買行動に大きな影響を与える。

「他言語対応の必要性はわかった」という外国人向けWebサイトの運営担当者にとって、最も気になるのが翻訳のコストと品質のバランスだろう。Google翻訳でいいと安易に考えると外国人旅行者が理解できない内容になることもあるし、翻訳会社にすべてを委託するのも予算の制約があり難しいと考えるかもしれない。また、常に最新の情報を提供する必要があるため、対応言語の数が多いほど、Webページ更新と運用の負担が大きくなることも見逃せない。

Google翻訳を使ってマイナビニュースを英語に翻訳してみた。その出来はいかに!?

このような現状で、海外からの旅行者を「顧客」ととらえた場合、Webサイト管理担当者はどの程度サイトを改良したらよいのだろうか。本稿では、次の2つの視点に留意することをお勧めしたい。

ターゲットの絞り込み

例えば、日本政府観光局は現在、英語をはじめ、中国語(簡体字)、中国語(繁体字:香港向けと台湾向け)、韓国語など15カ国語に対応した訪日観光情報サイトを運営している。新幹線や高速バスなどの主要公共交通機関のWeb予約サイト(決済を伴うため広義の越境ECサイト)、乗換情報・運行情報提供サイトであれば、できるだけ多くの言語に対応する必要がある。

しかし、中小事業者にとって、いきなりこの水準まで対応することはハードルが高い。「明日の日本を支える観光ビジョン施策集」には、日本企業のWebサイトの他言語化は遅れており、旅行、レジャー、飲食関連のWebサイトの他言語化率は1%に満たないとある。

そこで、まずは前編で示したような訪日旅行者の国籍に着目し、英語を基本に、中国語(簡体字・繁体字)、韓国語に絞り込んだ対応から着手し、状況に応じてその他の言語への対応することが現実的だろう。

注意を喚起する情報と魅力を訴求する情報の切り分け

筆者が海外を鉄道で旅行していた時、列車が突然止まり、動かなくなったことがあった。現地の言葉(ドイツ語)のアナウンスのみで英語での説明はなく、原因と復旧の見通しがさっぱりわからず非常に困った。このような時は、遅延に関する情報がスマートフォンに通知されれば助かる。

また、筆者の場合、海外の飲食店情報は、事前にガイドブックやモバイルアプリで調べてから現地に行くことが多い。外国人旅行者の中にも、事前調査を行ってから日本に来る旅行者がいるだろう。

飲食店情報を得る動機は、単に美味しいものを食べたいというだけでない。マレーシアやインドネシアからの旅行者のように、宗教的な理由で食べてはいけないものを区別したいという場合もある。言葉での対応は難しくても、外国人旅行者に安心して食事を楽しんでもらえるよう、ハラルやコーシャーのマークの表示で対応する方法もある。

禁止・注意を喚起する情報と理解を促す・魅力を訴求するための情報を切り分け、前者を優先する考え方は参考になるのではないだろうか。