いまや日本国内にとどまらず海外にも進出しているラーメン店「一風堂」。創業者で運営会社力の源カンパニーの河原成美会長が一風堂を創業する前のラーメン修行時代に兄のように慕った大将の店「名島亭」をご存じだろうか。創業約30年を迎え、他店には決して出せないしみじみと優しくて深い味わいのラーメンを出す知る人ぞ知る名店だ。

今でも昭和な香りがする地域密着型の小さな店舗だが、今春に入ってからというもの、キャナルシティ博多のラーメンスタジアムや、JR博多駅そばに開業したばかりの「JRJPビル」に相次いで出店している。その背景には「名島亭の暖簾を守りたい」と願う名島亭の大将と河原会長の熱い絆があった。

名島亭大将の城戸修さん。「一杯のラーメンが語りかけることは大きい。自己主張が強かったり、マスコミ受けしたりするラーメンは次の世代には残らない」と語る

2008年九州ラーメン総選挙で優勝した名店の味が消える!?

福岡県福岡市の郊外、東区にある名島亭。コクと丸みのある優しい味わいの豚骨ラーメンと、大将・城戸修さんの優しい人柄で、昼時や土日は地元のみならず県外からも熱烈なファンが駆けつける。さらに、2008年放送のFBS福岡放送「九州ラーメン総選挙」で優勝した経歴も持つ人気店だ。ここしばらく、いつも明るい大将の姿を見かけない……と思っていたら、本店は今どきの外装にリニューアルされ、福岡の一等地への出店も決まっていた。一体何があったのだろうか。

これが約30年間愛され続ける「築炉釜だしとんこつラーメン」(690円)。あっさりとしていてコクがある

早速大将・城戸さんに尋ねてみると「義母の介護が必要になり、一緒に店を切り盛りしている妻が介護と店の仕事を行ったり来たりする毎日。妻が倒れるか、店を閉めるか、突然そんなことを考えるときが来たのです」とのこと。

「30年前に店を始めたときは、今日はどれくらいお客さんが来てくれるだろうと1日1日が勝負でした。安心できる食材で精いっぱいおいしいものを出す。妻と一緒に毎日毎日それだけを一生懸命やってきました」。そんな城戸さんの思いをくんで協力を申し出たのが、一風堂の創業者、河原会長だった。

城戸ちゃん! なんも心配せんでよか!

河原会長には城戸さんが名島亭の出店前に働いていたラーメン店「長浜一番」で城戸さんと共に夢を語り合い、寝食を忘れて修行に打ち込んだ過去がある。いつかラーメン店を開きたいと夢を抱いていた河原会長。福岡市・大名に一風堂の本店がオープンした時は、城戸さんが応援に駆けつけ、一緒に厨房に立ったというほど2人の関係は深い。

2013年の福岡ラーメンショーでも、久しぶりにタッグを組んで名島亭と一風堂のコラボ麺「長浜ちゃんぽん」を提供。そのおいしさは大変な人気を博した。城戸さんいわく「しげみちゃん(河原会長)とはずっと仲良し。親子以上のつながりがある」とのことだ。

2013年のコラボ麺をきっかけに生まれた「名島のちゃんぽん」(890円)。シャッキリ炒めたどっさり野菜の下は細麺。ピリッとした辛味タレがさらにうまさを引き立てる

これまで”一代、一店舗、一大将”という考えだった城戸さんも、心の底では名島亭が消えてしまうことがつらかった。そんな葛藤を相談された河原会長は、「今まで通り城戸ちゃんが店に立ち、共にお客さんに向き合ってくれるなら」という約束の下、力の源カンパニーで名島亭の暖簾を守っていくことを決意した。

「『城戸ちゃん、何も心配せんでよか! 』という言葉がうれしかったですね。おかげで今もお客さんのそばにいられ、『ラーメンを作ってくれてありがとう』と言葉をかけてもらえます。感謝の気持ちでいっぱいです」と城戸さん。城戸さんのラーメンに対する思いと、2人の絆が、名島亭の暖簾を守ることとなった。

ラーメンは豚ガラ・鶏ガラ・人柄で作る

豚骨スープは名島亭本店で丸2日間かけて炊く

これまでは福岡市の郊外という立地から「食べに行きたくても行けない」という声が多数寄せられていた名島亭。そんな声を受け、アクセス抜群の博多駅そば、そして福岡の観光名所「キャナルシティ博多」のラーメンスタジアムに出店したという。両店舗ともオープンして間もないが、連日たくさんの人でにぎわっている。

ラーメンは「豚ガラ、鶏ガラ、人柄で作るもの」というのが城戸さんのモットー。「ラーメンは、お客さんの近くにいて優しさで売ることが一番大事」と語る城戸さんの一杯は、奇をてらわない、時代に左右されない、ベーシックな豚骨ラーメンだけに、材料や製法のごまかしは一切利かない味だ。「名島亭の暖簾は重い。しかし、重さを優しさに変えることができれば名島亭はずっと残っていきます」と城戸さん。そんな城戸さんの思いと優しさが詰まった至極の一杯が、博多駅からすぐの場所で食べられるなんて、なんと幸せなのだろう。食べればきっと力があふれてくるはずだ。

JR博多シティに直結するJRJPビル地下1階の「駅から三百歩横丁」にある「元祖名島亭 JRJP博多ビル店」。博多に出張が決まったら"かけつけ一杯"にぜひ!

※記事中の情報・価格は2016年5月取材のもの。価格は税込