アップルの開発者向けカンファレンス「WWDC 2016」スタートを前に、Apple Store銀座にて「Swiftを使ったアプリケーション開発」と題されたイベントが開催された。

このイベントには日本経済新聞社とWantedly, Inc.のエンジニアが登壇し、それぞれSwiftを利用したアプリケーションの開発秘話を明かすというもので、Swift未経験エンジニアがどのようにiOSアプリを開発したか、Swiftを採用した理由、その手法など、開発者でなくても興味をそそられるトピックがいくつも飛び出した。

Wantedly, Inc.のエンジニア・杉上洋平氏

まずはWantedly, Inc.のエンジニア、杉上洋平氏が登壇。「はたらく」を面白くを社訓に、ビジネスSNS「Wantedly」の運営などで知られる同社では、ビジネスパーソン向けのメッセンジャーアプリ「Sync」とニュース閲覧アプリ「Siori - For WIRED・VICE・Forbes・HRW」の開発をSwiftで行っている。

Swiftの特徴、利用のメリットを解説。多くのエンジニアに利用され、活躍の場も広がっているとのことだ

杉上氏は、キャリアをスタートさせたばかりの開発者にとっても親しみやすく、スクリプト言語のような表現力があり楽しくコードが記述でき、高いレベルの品質を有するプログラミング言語であると、Swiftを説明する特に品質と表現力の部分に着目しており、プレゼンテーションは主に、この二点を中心に展開していった。これらのおかげで、何よりも、不具合の発生が軽減できると指摘する。また、プログラマーのミスを誘発しにくいことも特徴だと評価した。Swiftには品質を向上させるための仕組みがいくつも用意されているのだが、総じていえることはとても「厳格」な言語であることだと杉上氏。コンパイル時に問題を早めに見つけ、実行時の安定性を担保しているのだが、それはこの厳格さに拠るところが大きいそうだ。表現力という面では、多様なプログラム言語と設計思想の良いところを沢山取り込んでいると、その魅力を伝えた。これまでiOSアプリ開発において主流だったプログラミング言語である、Objective-Cとの共存が可能ということもあって、長きに亘って開発の仕事に関わっている人でも、移行のハードルが低くなっているといえよう。もっとも、エンジニアには進取の気性に富んだ人が多いこともあって、Swiftは新たなプログラミング言語として最初から大歓迎されたという経緯もあるが。

ミーティングなどでiPad ProとApple Pencilが活躍しているという

一通りプレゼンを終え、まとめに入った後、アップル好きにはお馴染みの"One More Thing..."という台詞とともに、iPad ProとApple Pencilの活用事例を紹介。iPadだけでは現時点でSwiftを使って開発を行うということはできないが、杉上氏のチームではミーティングでアプリのイメージを組み上げていくのに、iPad ProとApple Pencilを活用したという。ラフスケッチは紙やホワイトボードに書いたものと違って、既に電子ファイル化されているので、とてもやり取りがしやすいと利便性を強調した。

日本経済新聞社 デジタル編成局 編成部の吉田健人氏

続いては、日本経済新聞社 デジタル編成局 編成部の吉田健人氏が登壇。2015年に日本経済新聞社に入社し、紙面ビューアーアプリの開発に携わっている。学生時代はWebアプリの開発に取り組んでいたが、iOSの開発は社会人になってからスタートしたとのことだ。

日経新聞の紙面ビューアーアプリでは、朝刊・夕刊の紙面イメージを閲覧することができる。吉田氏は、ユーザーインターフェースおよびユーザーエクスペリエンスの改善、紙面画像の画質の向上、Webp(Googleが開発した静止画像フォーマット。他の画像フォーマットよりファイルサイズを小さくできるという)による紙面画像圧縮率の向上に勤しんでいるが、今年の3月に、このアプリをリニューアル。そこで使用されたのがSwiftだったとこれまでの流れを整理した。Swift導入の理由については、Wantedly, Inc.の杉上氏とほぼ同意見だったが、吉田氏はObjective-Cを使ったことがなく、いきなりSwiftから入っていったというところに、来場者からの注目が集まった。

Swift導入の理由、学習法を詳説

吉田氏は、Swift初心者がどのように勉強したか、その学習の内容を披瀝。Swiftでは、「プロトコル」という機能を活用してプログラムを書いていくのだが、これが何よりもというSwiftらしさのベースになっている(「プロトコル指向」。対してObjective-Cはその名が示す通り「オブジェクト指向」であった)。現在、さまざまなWebサイトでSwiftプログラミングの「作法」が解説されており、ライブラリも数多く揃っているので、学習する環境も不自由しないで済むようになっている。

リニューアルに際して、デザインコンサルタントにTHE GUILDの深津貴之氏を迎えた。アップデート版公開後、さまざまなフィードバックが得られたが、それを今後にどう活かすかが重要と、吉田氏

紙面ビューアーアプリは、内製化が推進され、ユーザーインターフェースおよびユーザーエクスペリエンスが根本的に見直された。元々は、2012年に外注したものでレガシーなコードが多く、継続的な改善が難しいといったことから、方針の転換が図られた模様だ。どのように改善されたかについては、デザインコンサルタントにTHE GUILDの深津貴之氏を迎え、紙ベースのものアプリを利用したものなど、さまざまなプロトタイプを作成していったと詳細を述べた。リニューアル後は、読みやすくなったという評価がある一方で、前のバージョンのインターフェースに戻してくれといった声もあったと報告。アップデート直後はユーザーの対応が重要で、継続的なアップデートで改善していくことが肝要であると力説した。

日本経済新聞社のデジタル編成局 編成部・澤紀彦氏

吉田氏のプレゼンテーションが終了した後、同じく、日本経済新聞社のデジタル編成局 編成部、澤紀彦氏がモデレーターとして登壇。杉上氏、吉田氏それぞれに質問を投げかける形でトークを進めた。トークでは、リリースまでのタスク管理ははどうやっているのか、どのようにSwiftを勉強しているのか、Swiftに期待する未来などが語られた。吉田氏は、サーバサイドでもSwiftで書ける未来を描いてるとのことで、node.jsのようにフロントからバックまで全部できるようになったらいいと述懐し、杉上氏はサーバサイドだけでなく、全てをSwiftで書けたら、とあらゆる局面でSwiftが活躍するという展開を望むと期待を込めた。

WWDC 2016は6月13日(日本時間14日)にキーノートで幕を開ける。今回はiOS、Mac OSに、Apple Watch向けのwatchOS、Apple TV用のtvOSの新バージョンなどの発表が予想されている。Swiftも、もしかしたら新しいバージョンがアナウンスされるかもしれない。基調講演の様子はライブ中継される予定で、iPhone/iPadなどのiOS 7.0以降を搭載したiOSデバイス、OS X v10.8.5以降を搭載したMacのSafari(バージョン6.0.5以降)、software 6.2以降がインストールされた第2/第3世代のApple TVおよび、第4世代Apple TV、さらに、Windows 10を搭載したPCのMicrosoft Edgeで視聴が可能だ。

開発者向けのイベントなれど、キーノートは、筆者のような一般ユーザーにも理解できる内容で、ここで発表されるOSの新機能やサービスなどから、近い将来のiPhoneやiPad、MacにApple Watch、Apple TVの姿を想像することができるかもしれない。日本時間14日午前2時からと、深夜のスタートではあるが、頑張って起きていて損はない。個人的にはイベント終盤に繰り広げられる有名ミュージシャンのパフォーマンスを楽しみにしており、ロックの殿堂、Bill Graham Civic Auditoriumに一体、誰が登場するのか期待に胸が膨らむ。"Swift"つながりでテイラー・スウィフト(Taylor Swift)が出てきたら面白いと思うのだが。